月と陽のあいだに 207
流転の章
慟哭(1)
妊娠六か月に入ると、白玲の体調はすっかり回復した。食欲も戻り、お腹もふっくらと目立ってきた。お腹の子は元気でよく動く。この頃は手で触れてもわかるほどなので、ネイサンもそっと触っては「今動いたぞ」と喜んでいる。
こんなに元気なのだから男の子だと思うのだが、ネイサンは絶対に女の子だと譲らない。皇子でも皇女でも、とにかく無事に生まれればいい。皇帝はじめ、二人を囲む人々は、赤子の誕生を心待ちにしていた。
そんなある日、白玲はシノンに呼ばれて月神殿を訪れた。神宝の古代裂を、虫干しの機会に見せてくれるというのだ。
ネイサンのために、手巾に刺繍をしようと思っていた白玲は、良い図案を見つけたいと、いそいそと出かけた。珍しい柄に目を奪われていると、気に入ったものを神官が図案に起こしてくれるという。是非にと頼むと、白玲は帰宅のために車寄せに向かった。
回廊の向こうに人の気配がした。
「白玲、久しぶりね。具合はどう?」
柱の影から声がして、ハクシンが現れた。右手に杖を持ち、空いている方の腕には本を抱えている。
「ありがとう。お腹が重いけれど、元気よ。あなたは今日も図書館?」
ええ、と頷いたハクシンは本を護衛に渡すと、白玲に歩み寄った。
「さわってもいい?」
白玲が頷くと、そっと白玲のお腹に手を触れた。
「順調そうでよかったわ。赤ちゃんは、もう動く?」
白玲がハクシンの手を動かすと、触れたところがぴくりと動いた。「わあ」とハクシンが小さな声をあげた。
「次の火曜日に、お医者様の診察を受けるの。いつもは邸に来てもらうのだけれど、体調もいいから、今度は私が医学院へ行こうかと思って」
白玲がそういうと、ハクシンが微笑んだ。
「私もその日に医学院へ行くのよ。場所が病院でも、会えたら嬉しいわ」
そうね、と白玲も笑った。「それじゃあ、またね」と挨拶して、二人は別れた。
ネイサンは医学院への外出に反対した。いつもは邸に往診を頼むのに、どうして急に変えたのかと問われて、「気晴らしのお散歩だから」と白玲は引かない。ならば護衛を増やそうと、早速手配してくれた。
診察日を待つあいだ、白玲はネイサンのために手巾に刺繍をした。古代裂の柄を写したもので、診察日の前の夜ようやく出来上がった。
「ありがとう」とネイサンが囁いた。その夜、白玲はネイサンの暖かい腕の中で眠った。
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