月と陽のあいだに 230
落葉の章
ハクシン(11)
広間から連れ出されたハクシンとアンジュは、身分を剥奪され牢に繋がれた。
明日はハクシンが幽閉の塔へやられるという日の夜、皇太子と皇太子妃がハクシンに別れを告げにきた。
皇太子は、ハクシンが好んだ果実酒を小さな盃に満たした。塔で我が身を振り返り、皇帝の赦しを待つように言う父に、ハクシンは皮肉な笑みを返した。
「お父様は、やっぱりお父様ですね。お望み通りにいたしましょう」
「あっ」と気づいた母妃が盃を取り上げようとしたが、ハクシンは果実酒を一気に飲み干した。駆け寄った母妃に抱かれて、ハクシンは苦しそうな息をすると、一筋の血を吐いて目を閉じた。
ハクシンの死を知らされたアンジュは、斬首を待たずに牢内で首をつって自ら命を絶った。ハクシンの死は、自殺とされた。残された皇太子一家を守るためだった。
ハクシンの葬儀はひっそりと行われ、皇家の墓所の片隅に埋葬された。
葬儀のあと、ハクシンの母である皇太子妃がネイサン邸を訪れた。跪いて娘の罪の赦しを乞う妃に、白玲はその手を取って謝罪を受け入れた。
ハクシンの死により忘れられるはずだった一件は、そのまま終わることはなかった。
ハクシンの乳母であった女官残した一冊の日記が、この事件の本当の裏側を明らかにしたからだった。
ハクシンが生まれてから、最も近くに侍っていた乳母は、ハクシンの罪に深く関わったとして、死を賜った。ハクシンとアンジュの関係を黙認し、白玲に対する憎悪を諌めることもしなかった。自由に動けないハクシンに代わって、さまざまな事柄を代行した。ハクシンの分身のような働きが、見過ごされるわけがなかった。
ハクシンの断罪を受けて死を覚悟した乳母は、自分が書き綴った日記を皇太子妃に託した。それは、乳母の懺悔だったかもしれない。
日記を読んだ皇太子妃は錯乱した。それが皇帝の耳に入り、日記は皇帝の目に触れることになった。
ハクシンの出生にまつわる、恐るべき出来事。そこから連なる悲劇の数々は、宮廷のごく一部の人々にしか知られることはなかったが、皇家の勢力図を書き換えるには十分な影響力を持っていた。
ハクシンに毒杯を与えた皇太子は皇帝の信頼を失い、その後、政治の中枢からは遠ざけられた。
自分の娘に毒杯を与えた夫を嫌い、皇太子妃は離縁を申し出た。ハクシンの一件が表沙汰になった後、その母として人々の非難の矢面に立たされた妃は、皇宮を出て、生家であるバンダル侯爵家に戻ることを願った。
しかし妃の人となりをよく知る皇帝は、皇后不在の内廷のまとめ役として皇宮に残り、采配を振るうことを望んだ。そして人々の噂が静まるまで、皇后が立て直した孤児院で、静かに過ごすことを許した。