夜からの手紙 ~月と陽のあいだに 外伝~
ハクシンの記憶
白玲。あなた宛ての手紙はたくさん書いてきたけれど、これが最後になるでしょう。あなたは聞き上手だったから、他の人には話さないこともずいぶん話しました。でも、あなたに見せていたのは私の姿の半分だけ。夜空に輝く月の裏側に誰にも見えない闇があるように、私の内側にも漆黒の闇がずっとありました。
そのことを今日初めて話します。読んで楽しいものではないから、嫌になったら途中でやめて、そのまま焼き捨ててください。
白玲。私はあなたが嫌いでした。あなたの姿を見る前から、あなたが月蛾国へ渡ってきた経緯を聞いた時から、この子は私の一番嫌いな子だとわかりました。そして月神殿の図書館で初めて会った時、自分の直感が間違っていないことを確信しました。
なぜなら、あなたは健康で自分の足でどこへでも行けたから。そして、いつも明るい方を向いていたから。あなたの明るさは、私の中にある闇をいっそうくっきり浮かび上がらせました。それは私にとって痛みであり、同時に陶酔でもありました。だからあなたと仲良くしたの。あなたは私の鏡でした。こうありたかったというもう一人の自分でもあったのです。
私のことを話しましょう。
あなたは本当の家族を知らなかったから、自分の家族を持つことを熱望していましたね。叔父様と結婚してお子ができた時、あなたがどれほど喜んだか、想像するのは容易なことです。
でもね、白玲。家族ってそんなにいいものかしら。私にとって家族は、他人よりもずっと面倒な存在でした。
私の父、皇太子は平凡な男です。頭は悪くないわ。でもお祖父様のように冷徹にもなれず、あなたのように燃えるような情熱を持っているわけでもない。気が弱く、少しだけ優しい優柔不断な男です。それが私たち家族の一番の問題だと言ったら、父がかわいそうかしら。
父はまだ十代のころ、幼馴染の譜代の貴族の娘に恋をしていました。
けれども父は皇太子だから、中流貴族の娘だったその人を正妃として後宮に迎え入れることはできませんでた。
それでも二人は愛し合い、皇子が生まれました。それが私の兄、シュバルです。兄が生まれてしばらくすると、父はバンダル侯爵家から正妃を迎えました。時を同じくして、兄の母は側妃として宮中に迎えいれられました。
けれども産後の体に心労がたたったのか、病に倒れて半年ほどで亡くなってしまったそうです。残された皇子は、嫁いで間もない正妃が引き取り、我が子として育てることになりました。
この先、自分に息子が生まれても皇位を継ぐことが出来なくなるとわかっているのに、二十歳にもならない新婚の妻が夫の愛人の子を引き取るなんて、他人から見たらバカみたいな話です。でも、それをしてしまうほど、母は心優しいひとでした。