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三日坊主日記 vol.291 『西田敏行さんに教えられたこと』
西田敏行さんとは2000年にコマーシャル撮影で一度だけご一緒している。
衣料品の会社のCMで、マネキンになっていただいた。この時すでに「池中玄太80キロ」「釣りバカ日誌」「学校」「翔ぶが如く」「八代将軍吉宗」などなど数々の作品にご出演される日本を代表する俳優で、そんな人に何をさせるんや。という話である。
すでに押しも押されぬ大俳優で、もの凄い貫禄だったけど、当時まだ52歳だったのか。ちなみに僕は37か8歳。勢いだけの若造なのだ。実はこの日、僕は西田さんに叱られた。それ以前もそれ以後も、出演者に叱られたことはない。
撮影当日、西田さんがスタジオに入る。そして僕と広告代理店のクリエイティブディレクターとで、西田さんの楽屋へ行ってコンテの説明をする。僕はこの日が初対面だったので、いつもの西田さんを知らないが、なんだか少しピリピリしているような印象を受けた。
準備を終えた西田さんがスタジオに入ると、一瞬で空気が張りつめる。スタッフも、代理店も、クライアントも、みながその迫力に圧倒される。もちろん僕も。そしてひとこと「何をすればいいの?」と。その時の企画はマネキン役である。さらには、合成用のパーツ撮りのようなものだった。普段のような芝居を求められてないんで、西田さんも少し戸惑ったのかも知れない。
僕はどういう映像を撮りたいか説明した。ここでこう動いて欲しい。このタイミングでこういう表情が欲しい、と。その時、もしかしたら僕はスタジオの空気を和らげるために、必要以上に笑顔で話したのかも知れない。その話し方が少し軽かったのかも知れない。そして、ひと通り説明し終わった後で「〇〇な気分でやってください」と付け加えた。すると西田さんは「気分はいいんだよ」と、少し強めの口調で仰った。
つまり、その役を作るのは役者の仕事であって監督の仕事ではない。監督はどういう映像が撮りたいかをきちんと理解させ、あとは役者に任せろ。どんな気分でその役を演じるかまで指図するなということだ。僕はぐうの音も出なかったし、自分を恥じた。その通りである。
演出家として生きていく上でこの経験はとても大きい。演出とは何か、役者と向き合うとはどういうことか、とても考えさせられるきっかけになった出来事だ。この日の前と後とで、僕の中で演出というものが間違いなく変わったはずだ。なんと幸せなことだろう。大俳優に現場で演出家とはどうあるべきか教えてもらったのだ。
その後、ご縁がなくお会いすることはなかったけど、いつかはもう一度ご一緒して、ほんの少し成長した姿を見てもらいたいと思っていたのに、もう叶わなくなった。残念で仕方がない。西田さん、ありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。
ちなみに、僕はなんといっても「西遊記」の猪八戒が好きでした。