第19話 任命責任
坂本くるみはまだ3歳になったばかりで長女の麻未は12歳だった。
かねてから体調が優れず党の要職から離れていた坂本だったが、駅前爆弾テロ事件から3年、再び病魔に倒れた。
「パラガングリオーマって知ってますか?内川さん」
「なんです?それ」
「癌の一種です。私の場合、お腹にそれができました。腫瘍を摘出すれば5年生存率、10年生存率ともに9割と癌の中では治癒率は高い」
特に心配要らないってことですか。
ただし、他に転移がなければ、と坂本は続けたがその表情に悲壮感は見当たらない。むしろ、なにか達観したような、そんなふうにも見える。
「このことはまだウチのかみさんと前島さんしか知りません」
時折り警官隊との小競り合いはあるものの、相変わらずヤツらに目立った動きはないままだ。嵐の前の、ってことか。あるいは台風の目の中なのか。
みらい党には属していないが、党首・前島議員の中では坂本も含め、どうやら自分は同志だと思われているようだ。そんな気がしてならない。それはそれで構わない。構わないが政治的な関心はまったくといっていいほどない。少しはマシな世の中にはなってほしいとは思うが、それは、国民のほとんどがそう思うことであるはずだ。
ヤツら新自由連合が鳴りを潜めている現在。実質的には用をなさないにも関わらず、治安維持軍の軍事的な規模は益々増強されはじめた。
「閣内にも我々と思想が近い者も多い。彼らと連携をしていこうと思っています」
そうですね。
だが、それで状況は変わるのか?
「内川さん、党に入って力を貸してもらえませんか?」
いや、それは・・・。はっきりとした答えは示さなかった。
現在の政権を実際に牛耳っているといえるのは極右勢力の改革新党勢。政権内のそれ以外の勢力をなんとか取り込もうと他の野党側も必死だ。
近く行われる内閣改造で改革新党勢
は国家安全保障局を正式に省への引き上げを画策している。
一国に軍隊は2つも要らない。中には自衛隊解散論を放つ者までいた。
現職閣僚の失言は政権にとってアゲインストではあったが、当該大臣は辞職しなかった。
「当人も発言に対して深く反省し謝罪を致しておりますので、今後も引き続き職責を全うしてもらいたいと、思う所存にございます」
任命責任を問われた伊藤総理はそう答えた。
しかし現職の国務大臣が自衛隊は軍隊であると認識していることの方が問題は大きい。
誰もいわないだけで、みんな自衛隊は軍隊だと思っている。総理だってそうだ。なんで俺ばかり責められるんだ。
親しい記者にそう漏らしたことも判明し世論の風当たりも激しくなるばかりだが、辞めさせたくてもそれができないのは改革新党議員であるがゆえ。この党の実質的オーナーがこの国の影の権力者だからだ。
煮え切らない総理。民政党議員から、そして自衛隊幹部からも不満が続出しはじめた。
この国の政治の世界で、今、地殻変動が起きようとしている。
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