となりのあなたへ(ft.『Like Water』)【Sandwiches #83】
お天気導入システムは封印しまして、いや、今日は傘を持たず外出してしまったせいで難儀な目にあった(天気予報は確認しそびれがち)ことはともかく久々の映画館に行ったのですよ。いろいろと観たい作品も溜まっているなか、おめあてはずばりスタジオジブリの『もののけ姫』でありました。
ご存知の向きのが多かろうが、現在東宝系列の映画館では過去に公開されたジブリ4作品をリバイバル上映しておるのね。『風の谷のナウシカ(1984年)』『もののけ姫(1997年)』『千と千尋の神隠し(2001年)』『ゲド戦記(2006年)』と、「ナウシカ」のころはもちろん生まれておらんし、以降の3作品も幼少〜小学生時代に公開されたのものであるから、大スクリーンで鑑賞した経験などありません。とくべつなジブリファンとはいいがたいわたしも、「一生に一度は……云々」のコピーのままにのせられたわけです。
感想はすなおに「すばらしかった」のひとことで、『もののけ姫』、こりゃあらためてみると怪物的なエネルギーに満ち満ちた作品でありますね。絵も、音楽も、びりびり迫るようで圧倒された。いたく感激しつつ、残りの作品も暇があれば観てやろうとこころに決めたわたしでした。
ところでしまった忘れちゃならん、今日は「楽曲紹介」シリーズのラストなのやった! アルバム3作品、31曲にまとわせたイメージのその周辺をふわりふわりとなぞるだけ、べつだんなにかの参考にもならぬ「紹介」作業もここでピリオドであります。アルバム『Circles』を締めくくるM10「Like Water」をどうぞ。
曲調からしていかにもエンディングの趣であります。本連載でも繰り返しお話ししてきたように、『Circles』というアルバムはどうにもぐずついたままの青くさい胸中をかきまぜ、かきまぜ、ことばをつむいだ作品です。ぜんたい内向的なトーンのまま進行していた流れが「A Day in Lisbon」の物理的大移動をうけ、すこしだけ外に開いたところで迎える次の朝。なにかを悟ったような、なにやら静やかな面持ちにもみえますね。
制作当時を振り返っても、自分がどんな心境やったのか思い出すことは困難です。ただ、波紋にざわついた水面がふと穏やかに張り詰める瞬間のような、あるいは歌詞にもある、まどろみのうちに覚醒をこばむひとときのような、なにがしかの諸感覚をもってノートに向かったのでしょう。
めずらしく、と言いますか、以下のフレーズはこれまでご紹介してきた楽曲群のなかでも数少ないお気に入りです。
このひとときが「素敵」なんて言葉と
美しいそのかたちを描ききれぬ
己がペンのインキの少なさを呪う
真っ白なノートならばいくらでも 持っているけれど
それを埋める日は来ないだろう
空白を愛する人 という思い込みを
まいて死ぬだろう 死ぬだろう
なぜかって、この箇所こそわたしが今でも抱えているムードをある意味具体的にもあらわしている箇所に思えるからで、やあ、とにかく「インキの少なさを呪う」てばかりやし、「真っ白なノート」はそれこそいくらも手元に積まれてあるし(よく注意してください【Sandwiches # 16】)、でもってたいしたイメージも描けぬくせして、なんとなくよい顔を振りまいているところもそのままかけた。
別に自虐ではありません、ただわたし自身抱え続ける「描けなさ」を「描けないままに描く」(NEUTの記事で使った言い回しです)ものとしてmaco maretsやその他さまざまな創作をつづけてきたが、このやり方はあくまで応急的なものとでもいいますか、ぶくぶくおぼれてしまいそうな自分をなんとか浮上させる、生きながらえさせるための手段に過ぎないと、そんな感覚が常にあったのです。
もっとも、真になにかを「描く」ことができた、とそんな実感を得られるならば最初から創作の必要などないとも思うけれど……もさもさ、凡な逡巡はともかく、こうしたひとりよがりな思案のうちに沈む「わたし」とともに「あなた」という存在があたたかくそこに在るのが「Like Water」における朝の情景で、これまでと大きく違うといえばその一点。
maco maretsがなんどとなく朝を歌ってきたことは、この「楽曲紹介」シリーズに付き合ってくださったみなさまならばご存知かと思います。しかしてそのどれもが実は「わたし」ひとりのお話であった、それが「Like Water」でははじめて触れられる距離に「あなた」がいるのです。「足と足をからませてふれる その産毛の感触にくすり笑う you」なんてフレーズもあるとおり、脳内・妄想じゃなくってよ、実際にいる!
それらしくいえば、アルバム3作を通してようやくたどり着いたのがこの「あなた」と共にある境地なのでした。
(補足するとここでの「あなた」とはとりわけ恋人のようなニュアンスに留めておきたいものではなく、わたしをとりまく外界、そしてすべての他者にまで敷衍できればとさえ思っているものです)
この場でもくりかえし書いてきました、もやもやな胸中におぼれてばかりの「わたし」が、そのひとりよがりな迷いからついに抜け出した(といってもよくて半身だけやろうがそれでもや)、他者とたしかに触れあうような、ひらかれた場所でことばをつむごうとしているのです。
そしてこれこそわたし自身が希求していたこれからのおのれの在り方でもあって、たいへん乱暴にまとめると、いじけ虫はこの辺りにして外向き志向に移行したいとそういうことですよ。まさに殻をやぶるイメージね。
じっさい、NHK・Eテレの番組『Zの選択』主題歌として書き下ろした楽曲「Howl」は、『Circles』での決着を踏まえて外へ、外へ、力強く走り出さんとする決意を込めたつもりだが、うん、その話はまたいつか……。
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そんな、いつも以上に寄る辺ない筆致のまま「楽曲紹介」シリーズを終えることになりました。『Orang.Pendek(2016年)』『KINŌ(2018年)』、そして『Circles(2019年)』。わたしmaco maretsが、プロデューサー・アズマリキさんの力をかりてとつとつとまとめた大切なアルバムたち、それらを聴く際の、ぼそぼそした副音声程度に読んでいただけたら幸いであります。
ついでに、今後リリースの曲は決意のとおりに「ひらかれた」ものになっているのか? それとも一連の stayhome シーズンのなかでふたたびふさぎこんだものになっておるのか? そのあたりはまたみなさまにお聴かせして、そのとき判断していただきたいのです。なにとぞよろしゅう。
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