ニューヨークという街|憧れの写真家に出会える場所
今まで無かったよな。
アムステルダム通りをいつもと変わらず足早に歩いていると、奥に細長く伸びる小さなギャラリーのようなスペースがあることに気がついた。ガラス越しに中の様子がうかがえたので立ち止まった。一目で誰かと分かる数々の肖像写真が室内すべての壁に無造作に貼り付けてあったのだ。
新しい額縁屋ができるのかな。
アートの街ニューヨークではお気に入りの絵画や写真を家に飾ることが一般的なので、作品に合わせてフレームを注文できるような額縁専門店が街中にたくさんある。部屋の奥に座る紳士は眼鏡を頭にかけてパソコンを前に仕事に集中しているようだ。その日は外から覗いただけですぐに立ち去った。
数日後、夫と二人でその前を通った。
また覗いてみる。
今度は中の様子がさらに分かるようにガラスの反射を避けるため両手で顔の前に庇をつくりながら覗き見を続けた。飾られた肖像写真の人物たちが放つ瞳の輝きから目が離せなかったのだ。
すると奥に座っていた紳士と眼がぶつかった。彼が入口へ歩みを進め近づいてくると同時に私は手でドアを押した。
Welcome!
紳士は温かい笑みを浮かべながら声をかけてくれた。
室内へ促されながら既に私と夫は壁全面に飾られた肖像写真にテンションが上がっていた。写真を指差し、その名を紳士に確かめるかのように口に出した。すぐに名前が浮かぶ著名人ばかりで生で見ているようにも感じた。なぜなら被写体の外見だけでなく内面から溢れる本質に触れた気がしたからである。
やがて興奮がひと段落し、あらためてお互いに自己紹介をした。
紳士の名前はリチャード コーマン。今まさに心奪われている肖像写真を撮影した写真家である。ニューヨーク生まれ、ニューヨーク育ち、生粋のニューヨーカー。
偉大な文化人、敬愛される芸術家・俳優・ダンサー・アスリートはもちろんのこと、今を生きている人々の精神的な美しさや秘められた才能をも捉えて撮り続けている。ファッション写真・アート写真の大家であるリチャード アヴェドンの下で修業もしたニューヨークの写真家だ。
ここは彼が生まれ育ったニューヨークのアッパーウエストサイドに期間限定で登場したポップ アップ ギャラリーだった。(師匠のリチャード アヴェドンのスタジオもかつてアッパーウエストサイドにあったらしい)
撮影した貴重な肖像写真を道行く全ての人へ向けて披露してくれている。
写真家からキャリアをスタートし、写真への深い知見をもつ映像作家の夫の瞳は最高に輝いていた。それはリチャードが撮るポートレイトへの敬意の表れでもあり、撮影機材や撮影方法などについて憧れのニューヨークの写真家がフレンドリーに交わしてくれることへの驚きでもあった。
最初は立ち止まって覗いて見ていただけだった。
渡米したばかりの夫婦がアメリカ人の写真家に繋がった。
これがニューヨークという街の日常であるのかな。