小説|夏日影に消ゆる君 #9
九、
台風一過。
東雲の空には欠けた月とほんの少しの星が残っている。
立秋もまだ過ぎていないというのに、雲のない夜明けの空には秋の孤独のようなうら寂しさがあった。
裏山から見下ろす暗い海に少しずつ空の色が映り始めると、夜の終わりを見届けいくらか軽くなった詩音の心にも彩度が戻り始めた。しかし、凪いだ水面のごとく静かな空の寂寥の翳が、その淡い色彩の中で物悲しく滲んでいる。
琉生に会えずにいた二日間、詩音の心の中にもずっと雨が降り続いていた。最後に会った日の、また会えるかという問いにすぐには答えてくれなかった琉生。触れた唇はまるで最後の口づけのように震えていた。
(今日は会えるがやろうか……)
日の出前のこんな時間に来てしまったからか、琉生の姿はまだどこにも見当たらない。
徐々に明けていく空に願うしかなかった。
風が運ぶのは夏の匂いばかりだ。
眼前に広がる海と空の境界線が一際明るく輝き出した。
あぁ、ついに陽が昇る。
なんとなく今日はもう会えない気がして、詩音は唇をきゅっと引き結んだ。
今日は朝から仕事で少し遠くの町まで出ないといけない。そろそろ山を降りて準備をしなければならないのに、もう少しだけ、あと少しだけと往生際悪く留まった。
今日会えなければもうずっと会えないかもしれない。何故だかそんなふうに思えて恐ろしかった。
もう少しだけ、あと少しだけ。
結局この日、琉生が姿を見せることはなかった。
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