幽霊をビジネスにした旅館
お互いの仕事が忙しく、3ヶ月間ほとんど外出していなかった30代の子どもの居ない夫婦が、久しぶりに二人揃って取れた休暇を利用して温泉旅行を計画。いたずら好きの夫は、ただの旅行では面白くないので、ちょっと変わったツアーが無いかとネットで探していたところ、「幽霊の演出付き温泉旅館」というのを見つける。
この旅館ならきっと、これまでにない面白い体験ができるだろうと、幽霊演出のことは妻には内緒で、一泊二日の温泉旅行に出掛けることになった。
<登場人物>
■夫:32歳、システムエンジニア、好奇心旺盛
■妻:30歳、フリーのWEBデザイナー、趣味は喫茶店巡り
■女将:70歳、旅館の女主人、明るく世話好き
■女将の息子:45歳、男性、元舞台演出家。演出家の経験を活かした幽霊演出で、実家の温泉旅館の再起を図る。
幽霊をビジネスにした旅館
「あ~やっぱり田舎は空気がうまいな~!」
「ホントね。仕事も一段落付いたことだし、今日と明日、心置きなく楽しめるわね。」
「プロジェクトが続いて、ずっと旅行できなかったからな~。もうストレス溜まりまくりだよ~w」
「久しぶりの温泉旅行だし、ゆっくりしましょうね。」
(駅から温泉宿までの山道)
「ねえ~まだ着かないの~?」
「やっぱりタクシーにすれば良かったかな~?もう30分くらい歩いてるよな。」
「普通、旅館だったらマイクロバスの迎えとかあるでしょ?」
「まあ、そう言うなよ。こんな田舎じゃ、仕方ないだろ。」
「Googleマップだともう直ぐそこだから。もうちょっと頑張ってくれよ~。」
「はぁ~、もう、しょうがないわね~。」
「それにしても、こんな田舎だとは思わなかったよ。でも逆に秘境の温泉郷だからこそ、都会では体験できない愉しみがあるってもんだよな。期待できるさ、きっと。」
「はいはい、期待を裏切らないでくださいね!」
(もうしばらく山間の道が続く)
「あれじゃないかしら?」
「ん?そうかも!やっと見えて来たな。」
(ゴールが見えたので二人とも元気が出て来る)
「着いたみたいね。」
「誰も居ないな~。開けてみようか?」
「ごめんくださ~い!」
「すみませ~ん!誰かいらっしゃいますか~!!」
「あ~これはこれは、お待ちしておりました~!すみません、ちょっと夕食の準備をしていたもので。」
「いえいえ、全然大丈夫です。それより本日の一泊だけですけど、お世話になります。」
「お世話になります。よろしくお願いします。」
「まあまあ、ご丁寧にありがとうございます。都会の人は礼儀正しいですね~。そんなことより暑かったでしょ~、すぐにお部屋にご案内しますので。」
「えっと、枯尾花(かれおばな)さんでしたね?」
「いえ、景尾花(かげおばな)です。」
「これはこれは、重ね重ね失礼しました。」
「いえいえ、よく間違えられるので大丈夫です。笑」
(部屋に通されて落ち着いたあと二人きりで)
「意外といい旅館ね。寂れた感じも風情があっていいわ。まさに秘境の温泉って感じね。露天風呂が楽しみだわ~。ゆっくりできそうね。ところでWiFiはあるのかしら?」
「WiFiは無いだろう~w」
「あら残念。せっかくnoteにアップしようと思ったのに。」
「秘境なんだから、そういうの忘れろよ。」
「それもそうね。笑」
「せっかくだし、夕食の前に露天風呂に入ろうか?」
「そうね。」
「あっそうだ!俺ちょっと宿の人に聞きたいことがあったんだ。先に行ってて。」
「わかった。終わったら部屋に戻ってるわね。」
「うん、じゃあまたあとで!」
(宿の人を探している)
「すみません~ん!誰か居ませんか~?」
「すみませ~ん!!」
「はい。」
「あれっ?女将さんは?」
「いまちょっと買い出しに行ってますが。」
「そうですか...いえ、ちょっと聞きたいことがありまして...」
「何でしょうか?私で答えられることがあれば。」
「えっと、ホームページに載っていた幽霊の演出の件ですが、一応『要望する』にチェックしておいたんですが、今晩、出るんでしょうか?」
「はい、その予定です。」
「あ、そうですか。本当にあるんですね?はは。」
「やめることもできますが。」
「いえ、大丈夫です。むしろ楽しみにしています。」
「そうですか。では予定通り、深夜2時頃に出しますので。」
「なるほど、丑三つ時ですね。時間帯からして演出バッチリですね。」
「はい、そういう演出です。」
「差し支えなければ、どんな幽霊が出るか?教えて頂けますか?実は妻には内緒でして、ちょっとしたドッキリになるので、私だけでも内容を知っておこうかと思いまして。」
「内容を知ってしまうとお楽しみになりませんが。」
「確かにそうですね。でも、何も知らないでめちゃくちゃ怖いのも困るので、せめてどんな幽霊が出るのかだけでも教えてもらえると嬉しいです。」
「座敷童子を出す予定です。」
「なるほど。座敷童子ならそんなに怖くないですよね。ちょうどいい感じで良かったです。安心しました。ありがとうございます!」
「では、お楽しみください。ギブアップのときはテレビの横の非常ボタンを押してください。」
「ギブアップ?...わ、わかりました!よろしくお願いします!」
(就寝前、部屋で寛ぐ二人)
「食事も済んだことだし、そろそろ寝るか~。」
「そうね。明日は朝から登山だから、早めに寝ましょうか?」
「じゃ、おやすみ~。」
「おやすみなさい。」
「(幽霊楽しみだな~、2時にタイマーをセットしておこうっと。)」
(二人とも就寝)
「ガタッ!」「ガタガタッ!!」
「ん?」
「ギィーーーー!!」
「えっ?」
「バターーン!!!!!」
「はっ!あなた!起きて!!」
「なに?(来たなw)」
「なんか、さっきから物音がしてるの。」
「ん?こんな夜中に...気のせいじゃないか?(まずはラップ現象か)」
「バンッ!!」
「キャー!!なになになに!!なにこれ?!!」
「なんだろうね?(結構激しいな)」
「この音!なんなの?!!!」
「もしかしてラップ現象かな?」
「なに?ラップ現象って?」
「説明がつかない音や光の超常現象のこと。要するに幽霊の仕業だよ。」
「えーっ!ゆゆゆゆゆーれいって!!!なんでこんな旅館選んだのよーーー!!」
「まあまあ落ち着いて。幽霊っていっても悪い幽霊ばかりじゃないから。」
「良かろうが悪かろうが、そんなのどうでもいいわよ!!」
「いや、そこは大事だよ。悪い幽霊だったら取り憑かれて死ぬことだってあるから。」
「えっ?やだ!取り憑かれるのは困るわ!!だったら良い幽霊おねがい!」
ピカッ!!(フラッシュのような閃光)
「キャー!なになになに!!いま光ったわよ!!」
「閃光もラップ現象のひとつだよ。(なかなか本格的だな。)」
「もう!どうにかしてよ!私たち明日早いのよ!眠れないじゃない!!」
「俺に言ったところでどうしようもないよ。(実は止められるんだけどw)」
「どうして今日に限って出るのよ!別に私たちが泊まるときに出なくたっていいじゃない!」
「そんなこと言ったって...(本当は頼んだから出てるんだけどねw)」
「あ・そ・ぼ 」
「えっ???いま何か言った?」
「いや、俺は何も言ってない。」
「あー・そー・ぼー...」
「キャー!!やっぱり何か聴こえるぅ~!!!!」
「ごくん(唾を飲み込む音)うん、俺にも聴こえた。」
「あ・そ・ぼーって言ってる。」
「真似しないでよーーー!!」
「これはきっと座敷童子だよ。俺たちのところに遊びに来てるんだよ。」
「やめてよー!こんな夜中に子どもが遊んじゃだめでしょ!」
「子どもってさ、大人から夜は遊んじゃいけないって言われてるから、逆に暗いところの方が興奮度が増して楽しいらしいよ。だからキッザニアだって暗くなってるじゃん。」
「だったらキッザニアに行ってよー!!こんな古びた旅館に来たって、誰も遊んでくれる人なんていないんだからー!!だいたい私、子どもの相手苦手なのよーーー!!」
「まあまあ、とりあえず落ち着いて。出ちゃったものは仕方ないから、どう対処すればいいか一緒に考えよう。(それにしてもなかなかリアルな演出だな。)」
「こーこ ここだよ。」
「キャー!とことことこ床の間!床の間!みてみてみてみてー!!!なんか居る!!!」
「わっ!座敷童子だ!!(マジか!超リアル!これって3Dホログラム?それとも人形に投影したプロジェクションマッピングなのか?)」
「ざざざざざ座敷童子って!!!幽霊よね???良い幽霊???悪い幽霊???」
「悪い幽霊ではないよ。ただ遊びにくるだけだよ。座敷童子を見たらお金持ちになるって言われてるくらいだから、御利益があるかもね。」
「おおおおお金なんか要らないから、早く帰ってもらって!!」
「わかった。じゃあ、これから俺が除霊をするから、ちょっと目をつぶっててくれるかな?」
「ジョジョジョジョ除霊って、できるの?そんな資格持ってるの???」
「まあ、見てろよ。テレビでイタコのお婆さんがやってたとおりにやってみるから。」
「テレビでって、あんなの嘘っぱちでしょ!!」
「でも仕方ないわね、物凄く怪しいけど、今はもうそれに頼るしかないわね。とりあえずやってみてよ。」
「よし!」
「(さてと、除霊の踊り風に動きながら非常ボタンに近づいてと...)」
「大丈夫~?」
「幽霊退散じゃーー!!タァーーーッ!!!(ポチっと)」
「シーーーーーーン」
「よしっ!巧くいったぞ!!座敷童子はもう出ないよ。」
「ホントだ...静かになったわ。」
「でも、あなた、いつからそんな能力が備わったの???」
「何事も落ち着いて対処すれば、意外と解決できるもんだよ。」
「たしかに幽霊が出てるのに、あたなたはずっと冷静だったわ。イタコの除霊の真似が効いたのかどうか?なんかよくわからないけど、少しも驚かずに対処したことは認めるわ。ちょっと見直しちゃった。」
「まあ、大したことないけどね。じゃあ、寝ようか。」
「そっちへいっていい?」
「いいよ。」
(朝を迎えた二人)
「チュンチュン!チュンチュン!(雀の声)」
「おはよう!」
「おはよう!もう起きてるの?」
「座敷童子のせいで睡眠不足よ。旅館にクレーム入れなきゃ!!」
「おいおい、そういう野暮なことしちゃだめだよ。そんなことしたら呪われちゃうよ。ちゃんと帰ったんだから、そっとしておいてあげないと。」
「うーん..わかったわ...」
(朝食も済み、宿を出発するところ)
「どうもお世話になりました!とても心地よかったです。また来ますね。」
「えっ!(何言ってるの!もう二度と来るもんですか!!)」
「こんな田舎の旅館で大丈夫でしたかー?喜んで頂けたら何よりです。ありがとうございましたー!」
「あっ!息子さん!! ちょっとこっちへ、こっち...」
「あー、景尾花さん。」
「例の演出、とてもリアルでしたよ。妻の驚きぶりったらなかったです。笑」
「その件でお詫びがありまして...既に演出代の分は代金からお値引きさして頂いていますが...」
「えっ?何かあったんですか?」
「実は、ラップ現象までは問題なかったのですが、そのあとの肝心の座敷童子を障子に映す投影が故障しちゃいまして、上手く映像を出せなかったんです。本当に申し訳ございません。」
「えっ?障子?あーそんな仕掛けもあったんですか?へぇ~。そっちも見たかったけど、でも、いいです!いいです!床の間に出て来た座敷童子で充分でしたよ!!超迫力満点でした!!」
「床の間?床の間には何も仕掛けを入れてませんが...」
「えっ???だって出ましたよ、ちゃんと!座敷童子が!床の間に!!」
「それ、もしかしたら本物を見ちゃったのかもしれませんね。」
「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「マジかーーーーーーーー!!!」
「あははははははははーーーー!!!」
「どうしたんた?」
「驚いた?私にドッキリ仕掛けるなんて、10年早いわよ!幽霊演出のこと、私が知らないとでも思ったの?とっくにお見通しよ!」
「えっ?じゃあ今の息子さんの話は?」
「すみません、奥様からのご依頼で、旦那様にドッキリを仕掛けるプランに変更させて頂きました。」
「ん?ちょっと待って!なんか混乱してきたぞ!」
「ということは、床の間の座敷童子の演出は本物の幽霊ではなくて、やっぱり演出だったってこと?」
「はい、そのとおりでございます。申し訳ございません。」
「なんだよーーーー!!やられたーーーー!」
「つまり、ドッキリの仕掛け人がドッキリに引っ掛かったってわけね。」
「もうーーー!凝りすぎだよーーーー!」
「それにしても、座敷童子の演出はリアルだったな~。これなら幽霊ビジネスとして、充分やっていけますよ!!体験した私が言うんだから間違いありません!!」
「私も。知ってたのに『あ・そ・ぼ』の声が聴こえた時はゾッとしたわ。」
「あの声ね~!あれはリアルだったな~!!」
「えっ?座敷童子の声ってなんですか?そんな仕掛けはありませんが。」
「・・・・・」
「もうーーー!!その展開は勘弁してくださいよ~!!!」
「幽霊の正体見たり景尾花」
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