「新人時代」
「ああ なんで合わんのや?!」
係長から声が飛んだ
オレは大学を出て地方銀行の支店で働いていた
毎日 ATMに現金を出し入れし
客が持ってくるジャリ銭を数え
地場の証券会社に行き数千万から億円を超える万札を
1人で自転車に乗り 集金したりした
店のシャッターが下りれば
入金された現金や手形小切手を合計し
すべてのカネの出入り 帳尻を合わせる仕事―
出納係をやっていた
「おーい 合わんぞ 合わんワ」
係長が妊娠して腹が目立ってきた出納係をジロリと見る
その女はまた オレを見る
「も1回 算入れられっ」
と
定年近い係長に言われ
オレは 入行以来何カ月も毎日弾いているソロバンを入れ直す
「あ…違ってました」
というオレに係長は目もくれず
「コウジヤさん も1回やってみて」
と
声をかける
妊娠中の彼女は オレの10倍くらい早く計算し直した
「どや?」
と
係長が見つめる中
マタニティーの制服姿の彼女が数字を示した
「おお それでも50円合わんぞ」
係長が腕組みしていう
「現金どっかに落ちとらんか…」
そうつぶやくと フロアにいた支店員全員が床の上を這うように探す
「ない ないですぅ」
商業高校を出たばかりのテラー
オレの同期の小太りの女 か細い声を上げた
犯人がいるとしたら 現金を扱うテラー(窓口)か出納だ
「あんた 50円でアイスでも買うたんやろ」
と
係長に言われた
もちろんオレは
「してませんよ」と言い返した
「ないもんはない とりあえずワシが出しとくワ」
係長はそう言って財布から50円を取り出した
しばらくすると
「本日の出納は突合しました」
夕方6時を過ぎて店内にアナウンスが流れた
オレは疲れて1人寮に帰った
スーツを脱ぎ着替えていると
カランと音がした
オレのズボンの折り返しから50円玉が飛び出し コロコロ転がった
本日の出納は突合しました
オレは心のなかで言った