「よいお年を」
ドアを開けると
幽霊がいた
驚きはしない
はっきり見えるわけではない
隣町のマンション群 窓がキラキラ朝陽の矢を放つ
それを視界の隅に見ながら
ぼくは幽霊を見る
目には見えない
ぼくの左後ろにそれはいる 確かにいる
見えないが 存在は伝わる
冬の東京 震える早朝 新聞を取りに―
マンションの外廊下には誰もいない
人はいない
だが 幽霊はそこにいる
あいつだ あいつだ
年暮れのあいさつにでも来たのか
左後ろにいる あいつに
そっちはどうや?
と
ぼくは振り返り 顔を向けた
下に降りるエレベーターの前で
あいつは消えた
よいお年を
それくらいは言ってゆけ