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■「記者魂」とは

マスコミってナニ?(26)

ニュースの存在を考える 「マスコミへの道」改

◇「あの人はいま」をたどる

話題だった、注目を集めたあの人が、今どうしているのか――。
マスコミが取材対象とするひとつのジャンルである。
週刊誌などは、ゴールデンウィーク前の合併号とかのワイド特集でしばしばやっていた。夕刊紙の日刊ゲンダイでもよく読まれる記事に「あの人は今こうしている」なんてのがあった。調べるとゲンダイは今もやっている。改めて読んでも面白い。

そんなことを思い出させるノンフィクションが

「そして陰謀が教授を潰した 青山学院春木教授事件 四十五年目の真実」 (早瀬圭一著 2022年1月刊 小学館文庫)


今から49年前、1973年2月に事件があった。当時、「MARCH」という大学序列、グループ分けの言葉は一般的ではない時代だったが、その2番目のA「青学」といえば、ミッションスクールとしてあか抜けたイメージがあるそれなりの名門校。田舎の子供でも聞いたことのある名前だった。
そこの教授が、現役の女子大生をレイプした――という事件の「真相」に迫った話である。

早瀬圭一さん、1937年生まれの元毎日新聞記者。今年12月には85歳という高齢の方だが、30数年前にマスコミ志望だった僕も、毎日新聞本社であったマスコミセミナーで彼の講演を聞いた記憶がある。1980年代には名の知られたスター記者の一人だった。

「春木事件」については、事件発生時はさすがに子供だったし、その後のことも詳しくは知らなかったが、セクハラやDVなどの言葉がなかった時代。まだ、女性が性的被害にあっても泣き寝入りになるケースが多かっただろう。そんな時代に男性側が完敗したケースという程度の認識しかなかった。
実は、その裏に複雑でドロドロしたものがあり、春木教授サイドから事件を見れば、悪い偶然が重なった結果――ということを丁寧に書きつづった面白いノンフィクションだった。

被害者の女性-既に70歳間近の当該女性に筆者は迫るのだが、彼女からは真実を聞きだせないまま本は終わる。
だが、その真相に迫ろうとする「記者魂」に感服した。

この本は、4年前に「老いぼれ記者魂 青山学院春木教授事件四十五年目の結末」というタイトルで幻戯書房から出版されたものが、今年文庫化された。
4年前の刊行時に話題になったのかどうかの記憶もなく、文庫の書評を新聞で読み、図書館で予約したのがようやく回ってきて一気に読んだ。

著者は80歳を超えた方のせいか、何度か同じことが繰り返して書かれる嫌いがある。とはいえ、筆致は明瞭で「新聞記者の書く文章は読みやすい」ということを再認識した。
ルポ、ノンフィクションの類を書くフリーライター、雑誌記者、小説家などなどは多いが、彼らの文章は冗漫で長いものが多い。雑誌は特にそうだし、ネット時代でライターを始めたような連中の文章といったら…。
やはり、何十万何百万の読者にニュース記事を届けるのが基本の「新聞記者」の文章は読みやすい(もちろん例外は多数ある)。
難解な言葉、表現を避け、事実関係を順序だてて具体的に書く――ということを訓練され、それを優先し、冗漫な文は避けるからだ。

同じ元新聞記者が書いたノンフィクションでは、元朝日記者、樋田毅の「彼は早稲田で死んだ 大学構内リンチ殺人事件の永遠」(2021年11月刊、文藝春秋)も話題になった。

今年の大宅賞受賞作

これまた図書館で借りて興味深く読んだ。今年の大宅壮一ノンフィクション賞も受けたが、面白さでは、早瀬の著作のほうを僕は取りたい。こちらのほうが大宅賞にふさわしいと思ったが、早瀬自身はとっくの昔にそれを取っているから対象にはならないか。

記者魂」という言葉は、本書「そして陰謀が教授を潰した――」の中で、早瀬に追いかけられる被害女性が彼に対して言い放った言葉でもある。
文庫化される前の、当初の単行本のタイトルにも使われ、やはり筆者がこだわる原点なのだろう。

自分は記者を名乗って30数年やってきたけれど、その魂がどれだけあったやら。ゼロとは言わないが、ほとんどなかったな(笑)。そう感じた1冊であった。


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