![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/81226896/rectangle_large_type_2_3c1581bc1fb52133189bfd56db9318db.png?width=1200)
Photo by
olsen_olsen
「故郷いいとこ」
雨沢は
戦災に遭っていない
数少ない日本の都市のひとつ
黒々とした瓦屋根を抱く家屋が
入り組む 迷路のような路地に
びっしり建ち並ぶ
かび臭い顔つきをした
息苦しさだけを
ぼくに感じさせ
受け入れがたい 所だった
「雨沢いいとこやがいね」
と
老いも 若きも
口をそろえて言っていた
不思議なものだ
何百年も前
我らの祖先は
百姓自身が町を治めるような
力を持っていたのに
尾張の軍勢に攻められ滅ぼされ
どういうわけか
今では 連中が作り直した繁栄を受け入れ
明治以降の衰退した街を
過去の栄華にすりかえた
姑息な根性しか持ち合わせぬ人間しかいない
あの街に何年か住み
国民的な大作家になった人が
「あそこは独特のよさがあるよね
街中に残った赤レンガ造りの建物なんて
あそこの冬空の色に
すごくマッチしててさ…」
と
100万回くらい
エッセーや 地元だけでなく
各地の講演でも語り続けている
それには同意するけれど
自分の意思であの街を 故郷を離れ
四十有余年がたつ
「いいとこやがいね」
という音の響き
昔も 今も そう言い募る人びと
あの言葉が
冬の湿った空気と
同じように
今も僕の肌に貼りつく
「いいとこ」
そこに戻らぬまま
記憶はそのままに
僕の体 魂に
べったりと
雨沢の思い出は
貼りつき続ける