チャーハン
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高校時代私が一番好きな教科は世界史であった。というのも、その担当教員が一癖も二癖もある印象深い人物だったからであった
彼はイスラーム関連の研究で大学を卒業し、現在は私の母校で世界史Bの授業を受け持っている
ちょっと目を離すとすぐ話がそれて蘊蓄を垂れるので、そういう態度が苦手な生徒には尽く愛想をつかされていたが、逆に一部の生徒にはその掴みどころのなさから圧倒的な支持を得ていた
今日は最も印象に残っている彼の蘊蓄を思い出してみたい。それはチャーハンの誕生の由来である
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舞台は古代中国。ある2つの小国が互いに領土を巡って戦争をしていた
その背景としてあるのは、やはり中国の広い国土に由来する気候とそこで生産できる食料の問題であった
東の国は比較的肥沃で湿潤な地であったから、米などを生産することが出来、その国の人々は飢えとはほとんど無縁だった
対して、西の国は国土のほとんどが乾燥した土に覆われており、食生活はあまり豊かとは言えなかった
そこで、西の国は一計を案じ、豊かな東の国の領土に攻め入ってこの食料問題を強引に解決することに決めたのであった
戦いは長きに及んだ。幼子であった東の国の王子がもはや立派な青年となり、いよいよ父王について初陣に出ることとなった
東の王子には密かに想う人がいた。それは幼なじみであり、かつ城につかえる王専属の料理人の娘であった。娘は幼い頃こそ、同年代であった王子の遊び相手として育ったものの、2人が年頃になるにつれその身分の差は到底越えられるものではなくなって行った
しかしながら、歳を重ねるたびに美しく成長していく娘に王子が心を惹かれない訳もなく、娘も、父王の期待と国を背負うという重圧がありながらも逞しく成長していく王子のことを慕わずにはいられなかった
そしてついに王子が初めて戦場の地を踏む日が迫ってきた。前夜王子の初陣を祝う宴が行われる中、王子は一人息苦しさを感じて屋敷の庭に出て月を眺めていた
「もし、王子様」
振り返ると娘がいた
「お前か、何か用か」
「これを王子様に」
娘は食べ物を携帯する為の皮袋を差し出してきた。中にはこの国の象徴である米と煎った卵や肉を混ぜたものが入っていた
娘は王子に何かあったらこれを食べて私とこの国を思い出してほしいと告げると、また宴の給仕のためにと戻って行った
翌日、王子は真新しい甲冑に身を包み、沢山の国の民に見送られながら戦地へと赴いた
しかし、戦場の過酷さはまだあどけなさも残る王子にとってあまりにも過酷なものであり、ついに敵に左肩を射抜かれ、捕虜とされてしまった
敵陣に連れてこられ、西の国の王の前に引き出された王子は自らの運命をさとり、父と母と民たちと、そして娘のことを思った
身につけていた甲冑や剣は全て脱がされ、見せしめのごとく西の国の王の前に並べられていた
「はて、これはなんであろうか」
ふと、西の王が王子の持ち物であった皮袋をつまみ上げた
王子はハッとして西の王を見つめた
「なるほど、これは若君にとって大事なものらしいな。しかも何やら良き香りがするでは無いか」
と、にやりと笑って言ったかと思うと、乱暴に袋に手を突っ込み、中のものを貪り食った
途端、王はその深くシワの刻まれた目を見開きしばし沈黙したのち、皮袋の中身を全て平らげてしまった
というのも、この西の王は美食家としてその名を轟かせており、美味いものには金にいと目をつけず、東は海を越えた島国から西は遠い砂漠の向こうまで、世界中から集めさせるほどであった
「なんということだ。私はこれ程に美味な料理を食べたことがない」
王は膝から崩れ落ち、家臣に命じて王子の負傷した肩を治療させ、終戦の意を示した書簡を持たせて国に返した
こうして長い長い戦いは終わったのであった
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その後である。東西の二国はお互いを憎み、傷つけ合ったことを後悔し、二度とそのような悲劇は起こさないことを誓い、宴を開いた。両国の貴人が招かれ、西の国の王からは世界中の珍味が、東の国の王からはもちろんあの米と卵と肉の料理が供された
娘もその功績が認められ、晴れて王子と結ばれる事となった。その料理は娘に因み「チャーハン」と名付けられた
今や無二の友となった2人の王は、同じ皿に盛られたチャーハンを分け合って食べ、西の王が取り寄せた日高屋のレモンサワーで仲良く乾杯したと言うから、この話は最初から最後まで全部嘘である