本当の顔って?
信じていた人に裏切られるということは生きていると多々ある。恋人に浮気相手がいた。信用していた友人にお金を持ち逃げされた。特に相手がよくしてくれていた場合、その落差に驚いてこう口にすることがあると思う。「どれがあの人の本当の顔なんだろう?」
本当の顔って?
私はある会社の人から挨拶を無視されている。時々挨拶を返してくれることもあるけど、基本的には無視が多い。でもほかの人と話すときにはすごく楽しそうに話していて、明るい人のように見えて、私の挨拶を無視するような人には見えない。私は「この人はどっちが本当の顔なんだろう?」と思った。でもきっと本当の性格なんてものはないんだと思う。
人にはいくつもの顔がある。例えば家族と話すときと会社の人と話すときに言葉使いや態度を変えることがある。家族と話すときみたいに会社の上司に話したらきっと怒られるだろう。これを心理学で「ペルソナ」という。「ペルソナ」とは「仮面」という意味がある。人はみんないくつもの仮面を持っていて、時と場合によってそれを使い分けている。そこには本当の顔も嘘の顔もない。ただ使い分けているだけなのだ。会社の人は私には冷たい仮面を向けて、ほかの人には優しい仮面をつけている。
いい人と思っていた人が悪い人だったら
もし信頼していた人が陰では悪いことをしていたらどう考えればいいんだろう。たくさん遊んでくれて優しかった父が殺人犯だった。これは極端な例だけど、これに似たことは往々にしてあると思う。父は私にたくさんの愛情を与えてくれた。しかし父は人の命を奪った。私にくれた愛情は偽物だったのか?そう思い悩むかもしれない。
父があなたに与えた愛情が偽物だったのかそれは分からない。人の心の内は覗けないし、善意でも人を傷つけることがある。だからその人に企みがあったものだとしても、裏に悪意があったとしても愛情や恩を感じているのであればそれでいいんだと思う。被害者がいる場合にはそれを口にしてはいけないとは思うけど、心の中であればどう思っても構わない。自分の感情や思いは自分だけのもの。ほかの人に渡さなくていい。その人からもらった愛情や恩は無理矢理に否定しなくていい。
人というのは多面的な生き物だ。優しい顔もあれば残酷な顔もある。優しい顔しか知らなかったとしても、決しておかしな話ではない。だから残酷な顔に気付かなかったとしてもどうか自分を責めないでほしい。そして周りの人も「本当はお前も知っていたんだろう」「近くにいたお前も同罪だ」と責めないでほしい。その一言が相手を追い詰めてしまうかもしれない。最近は特にその傾向がすごく強い気がするので、そう書き留めてみた。