#10 姉と私とひこうき雲と ep.0
姉について綴ろうと思ったことに大きな理由はなかった。
ふと思い立ったというか、何となくと言うか、いくら考えてもその程度の曖昧な言葉しか思い浮かばない。それなりに言葉を紡ぐことも可能だろうが、何かと取り繕ってまで語ろうとは思わない。シンプルに姉のことを話す。つまりは私がようやくそんな気分になったということなのだろう。
まず告げておかねばならないが、私の姉である栃本麻衣は世間をあっと驚かせるようなことは何一つしていないし、犯罪者ではないし聖人君子でもない。大雑把な特徴を言うならば、頼もしさと鬱陶しさが1対9の割合で同居した、ごく普通の、どこにでもいる三十代半ばの女だ。
姉について語る前に、私自身のことを少しだけ。私のことなど誰が興味を持つんだって話だけれど、身内とは言え自分じゃない人のことを好き勝手に書こうとしているのだからやはり礼儀を欠くことはしたくない。それでも恥ずかしいので必要最低限のことだけ。どうせ書いていくうちに色々とばれてしまうだろうから。
私は栃本美幸。姉の麻衣とは三歳違い。札幌市内のとある私立高校で理科を教えている。現在独身。長く付き合っている人はいるけれど、結婚に関してはまるで進展なし。周りに言わせると几帳面でちょっと潔癖症が入っているらしい。出不精というほどでもないけれど、それでも休日になると姉が自分の買い物に私を連れて行こうとするので、外出する機会は割と多い。趣味と言えるほど打ち込んでいるものはないが、強いてあげるとすれば、子供のときから天気図を見るのが好きで、今でも暇なときは気圧配置などから数時間後の天気を予想している。的中すれば嬉しいし、外れたとしても誰かに言うわけでもないので別に気に掛けることもない。そのときの気分に任せて過ごすのだ。例えば雨が窓ガラスを忙しなく打ち付けている音を聞きながらお気に入りの紅茶を飲むといった具合に。
ここまでで充分に分かると思うが、私はどちらかというと暗めというか、面白味のない人間だ。もし姉がいなかったら私は自分でも気が付かないうちに心に蓋をして生きてきただろうと思う。そういう意味では姉に感謝なのだが、それだけで済むのならわざわざこんな記録として残す必要もない。それ以上に姉は私の人生に様々なトラブルと言うか、災いと言うか、そこまでではないにしてもそれに準ずる何かを持ち込んでくるのだ。私はいちいち火の粉を振り払うように対処しなければならない。本気で姉がこの世からいなくなってほしいとさえ思うときもあった。きっと他人からみれば大したことないと思われるのだろう。そんなことで目くじらを立てるなと。でも私はちょっと疲れている。一人で抱えるには容量が小さすぎて気絶しそうだ。だから書くことに決めたのだ。作文は小学生のときから苦手だが、そこは上手い下手の問題ではない。この駄文がどこでどんな人の目に留まるかは皆目見当もつかないけれど、少しでも私の気持ちが伝われば幸いである。
ではまず、あの話から……。(続く)
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