仲間であり、師匠であり。
【備忘録として】
患者さんとの関係性はいくつかの分類できるが、今回見送った人のそれは、
かなり限定的で、ある意味で唯一だったとも思う。
それは、仲間だったと。
患者さんが仲間というと、ちょっと変な感じを覚える方もいらっしゃるかもしれない。
しかし、見送った今、いろいろ考えてみても、その人との関係性は、やっぱり仲間という言葉しか思い浮かばないのだ。
もう、7、8年くらいの付き合いになるだろうか。
先日、客観的に見れば、さほど苦痛を感じていらっしゃる様子もなく、実に眠るような形で旅立った。
(無論、本当に最期の瞬間を見ていたわけではないので、苦しかった局面もあったかもしれませんが、少なくとも外側からはそう見えた)
患者さんとの別れは、いつも寂しいのだが、今回の寂しさは、いつもとかなり趣が違った。
というのは、この患者さんは、繰り返すが、ぼくにとっては仲間のような存在だからだ。いや、正確にいえば、師匠といった方が妥当かもしれない。
ここからは、最大限の敬意を持って、師匠とお呼びしたい。
師匠の診察は、今風に言えば、ツンデレ状態だった。
ぼくが声をおかけしても、フン、のような感じで。
それでいて、ぼくの仲間(特に菊ちゃん)には優しい言葉をかけるし、稀にぼくにも優しい言葉をくれる。
この、ツンデレ感、一体どこから来るのだろうと、ずっと思っていた。
今、思い返してみると、もしかして、師匠から弟子への厳しさだったのかもしれないと、本気で思う。都合のいい話だが。
話はとんで、数ヶ月前、本当にやばい局面だった。
重症で、本当に危なかった。
一人で往診した際、「どう、大丈夫そう?まだ死ななそう?」と、一見ひどい質問に見えるが、ぼくにすれば最大級の愛情の質問をした。
「大丈夫だ、まだ死なない」と、急に元気に仰った。
こんなに重症なのに元気に??
そりゃあそうだ、弟子の前で弱い姿も見せられないのだろう。
思い返すと、出会って7、8年、案外危ない足を渡ってきたが、その都度、復活した。
興味深かったのは、重症のわりにぼくの前では、毎回、具合悪そうでもなかったこと。検査数値的には最悪でも。
なんでだろう、なんでだろう、とずっと思っていたのだが、師匠と弟子という構図でこの物語を見直してみると、全てが納得いく。
師匠は弟子の前ではやっぱり強くなければいけないから。
無論、それは、ぼく的な物語の解釈であって、これが真実かどうかを確認する方法は、もはや残っていない。亡くなったのだから。
寂しくなった。
でも、弟子というのは、いつか師匠から独立する日が来るものだから、今回も受け入れざるを得ない。
成長しよう。
ところで、なぜ師匠か。
それは、ぼくが大好きな色、ピンクを超見事に着こなされているから。
ぼくもかなり着てるし、持ってるけど、この方ほどにはほど遠い。
だから師匠なのだ。
いわば、ピンク師匠だ。
(表現から変な想像をしないでいただきたい。師匠なのですよ)
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