見出し画像

捨てられる患者 ver.3

久々に会ったその方は、初対面時の勢いは失っていたもの、目の輝きと気品は相変わらずだった。

しかし、迫りくるがんの勢いに劣勢で、お腹は大きく膨らんでいた。腹水である。


事情を伺った。

以前からがんがあったとのこと。数ヶ月前に再発するも、手術ができる状態ではなかった。唯一、抗がん剤という方法が残っていたものの、その方は受けないことを決断。

すると主治医は、「もうやることがない。ときどき来て、採血検査でもしましょうか」と言ったとのこと。


次の受診日を伺った。

決まっていない、と。驚いた。再診予定も決まっていないことを。


さて、その方は腹水のため苦しいといい、なんとかとりたいと。ぼくは一応医者だから、その場で抜くこともできたが、この腹水は少々特殊な方法で抜いたほうがいいと思った。それに、ぼくはこの方の主治医ではなかったし、このときは医師ではなく友人の一人として伺ったのだから。


翌日、その方に代わってぼくが主治医に電話した。友人として。

「今日は医師としてお電話しているのではなく、●●さんの友人としてお願いがありお電話いたしました。●●さんが大量の腹水で苦しんでいます。なんとか、入院のうえ、腹水をぬいてくれませんか?」

ベッド(入院のための)の空き状況を確認してから折り返し電話が来ることになった。


30分後くらいに看護師さんから電話があった。

「入院可能です。ただ一つだけ確認させてください。本当に治療の意思がある場合だけ来てください。これまでも治療を拒否してきたので」と。


ぼくは、複雑な思い、いや正確に言うと怒りを覚えたが、そこはぐっとこらえてお伝えした。

「はい、そこは問題ありません。なんとか助けてください。よろしくお願いします」


なぜ、この方は抗がん剤を受けなかったのか。

それは再診予約が入っていないこと、そして最後の電話の先方からの一言(治療の意思、治療を拒否)に凝縮されていると思ってならなかった。



今回も繰り返すが、主治医はこの方を捨てたつもりはないはずだ。

そして、看護師さんの言い分もえらくもっともだった。大きな病院ゆえ、治療の意思がない人を受け入れる余裕がないのだから。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?