マッチョさんになった日のこと。
「はい、そしたらみんなで声を掛け合って、3名のグループになって下さーい!」
子供の頃からそういう状況が苦手だった。
「俺と同じグループにならないかい?」
死んでもそんな事は言えない。ルフィが羨ましい。言えないからモジモジし、「誰か誘って下さい」と心の中で願う。だけれどモジモジし過ぎて誰も誘ってくれない。そしてあぶれ者になる。
「まだグループになっていない人いますかー?」
というあぶれ者の炙りだし作業をしたがる主催者の掛け声に、惨めな気持ちで、手を肩の高さ以下で上げる。
いち早くグループになっている人たちの目線、グループになった安心感でテンションが上がっている人たちの声、それらは、僕の頭上にだけいつも現れる雨雲となる。
「帰りたい…。」そっと帰った事も何度かある。
そんな社交性の欠片もない僕が、“対人力”をとことん要求されるサービス業界に従事して、もう25年になる。
25年前、始めて働くことになったお店の先輩社員にあだ名を付けられた。
みんながあだ名を気に入り、面白がってそのあだ名で名札を作られ、社長までもが僕をあだ名で呼ぶようになり、僕の本名なんて僕しか知らない状況になった。
一日に200人以上の若いお客様が来店される繁盛店だったおかげもあり、瞬く間にあだ名の僕が浸透し、街中の人が僕を見つけてはあだ名で声をかけてくれるようになった。
僕は、あだ名という武器を手に入れた。
あだ名の自分でいる時は、積極的になれた。ガンガン前に行き、
「俺と同じグループにならないか?」
なんて平気で言える人になれた。オカンにだけ偉そうに言える中学生のように。
溺れかけている僕が偶然掴んだ流木は、とてつもない浮力で運んでくれた。
あの日、先輩社員が面白がってあだ名を付けてくれなければ、どうなっていたのだろうと時々思うことがある。
なんのことはないその日の事が、人の人生にとってとてつもない大きなきっかけになるかもしれない。良いにしても悪いにしても。
「わー、ガッチリしてるなー!マッチョやん!これからマッチョさんって呼ぶわ!」
25年前、僕はマッチョさんになった。