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「お福さん」


「酒飲みの片思い」(1984年作品)より

 京都も、二月に入ると、一段と寒さの厳しさが増す季節となります。
 節分の前夜には、京都大学の近くにある、吉田神社では、恒例の追儺(ついな)式が賑やかに繰り広げられます。この始まりは、平安時代までさかのぼると言われています。
 儀式は、矛と盾を手に、金色のお面に四つの目を持つ方相(ほうそう)氏が「おう、おう」と叫びながら、その矛で盾を三度叩くことから始まり、それに呼応して、年男から選ばれた、上卿が桃の木の弓に葦の矢をつがえ、鬼を射って儀式は終わります。
 人・人・人の境内は、追われる赤鬼、青鬼が鉄棒を振りかざして、暴れ廻ると、見物人の笑いと、若やいだ悲鳴があちこちに響き、大変な熱気につつまれます。
 ある二月の初め、祇園の東の外れにある飲み屋に友人と寄った時のこと。カウンターに小さな七輪を置き、ふうふう言いながら、寒だら鍋を肴に、熱燗でいっぱいやっていました。外は、雪がちらちらと降る恰好の酒日和でした。その日は、大いに飲み。話し。いい気分になり。五人も入ればいっぱいの小さな船は、ゆったりと揺れていました。
 その時、私達二人が腹をかかえて、笑い苦しんだ、女主人の話しをひとつ。
 彼女の知り合いのお茶屋の老女将は、毎月一日(おついたち)になると必ず、床の中で、ある儀式をしてから、起きるということです。
 朝、目が覚めるとすぐに、「枕や思うたら、千両箱やった」と大声で叫び、自分の枕をほうり投げ、受けとめるやいなや、寝巻姿のまま、玄関まで出て行き、「お福さん、お入りやす」と鬼に聞こえない様に、小声でささやきながら、ちょっと戸を開け、すばやく閉めて床に戻る。この儀式を三回繰り返すと、幸福になれるとのことです。
 その老女の叫び声にびっくりした近所の人は、彼女の様子がおかしいと勘違いし、急いで救急車を呼んだこともあったと言う話しです。
 どなたか、お試しになりませんか。「お福さんが来るかも知れませんよ。鬼は外、福は内」。

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