「秋の月」
伏見のある造り酒屋が開く、「月を愛で、酒を愛す会」に出席した時のこと。
友人達と連れ立って、いろいそと、会場の御室(おむろ)・仁和寺に急ぐ。その時、月、未だ、出ず。
双ケ丘の北、大内山の山塵にある、仁和寺は、真言宗御室派の大本山である。宇多天皇が造営され、仁和四年(八八八年)八月に落慶供養がなされたので、仁和寺と言われるようになった。
御室は、宇多天皇が仁和寺内に御室(御座所)を造られたことで、この地名がつけられた。
その後、この附近は、御所に出入りする人々が集まり、門前町の形が整い、御所門前村と呼ばれていた。
昔は、なかなか庶民が近づき得なかった、由緒ある所で、酒宴が開かれるのも、今日だからこそ。
宴は、造り酒屋の催し。酒は、徳利があくかあかない内に、膳へ新しい徳利が。次から次へ出される白酒は、程よく冷やされ、水のように喉を通る。見知らぬ客達も、やがて打ち解け、今や、旧知の間柄。整然と膳を前に並んでいた人々も、友を求めて、あちこち。賑やかな輪がそこ、ここに。月を愛でる人、いづこに。口あたりの良い、白酒のうまさに酔い、人に酔い、話しに酔った。
友人の一人が帰るのを機に、風に吹かれようと宴を離れる。
御室から、何処をどう歩いたのか。いつの間にか、広沢の池のほとりに、友人と二人座す。頰にあたる微風。池を照す、淡い光のおぼろ月。しばし、ぼんやり、池のさざ波を眺め、想う。
「万葉の旅はるか
人の景色に 人の夢
そのこころ 今も聞える」
池のほとりの草中からは、秋を告げる、虫の声が静かに、近くに、遠くに、聞こえ降る。
愉しく愛でた白酒が、こころを解し、月に合わせて呉れたのか。万葉人が詠んだ月、詩(うた)った景色、今も変わらず。古今に同じ、月愛し酒、旨し。
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