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短編小説『繋がり』

あの日、彼女と別れた僕は地元のおばあちゃんの家にお引っ越しをすることになった。なんでも、おばあちゃんの容態がよくないとかで、一緒に住むことになったのだ。
僕は、おばあちゃんが心配だったし好きだったのでおばあちゃんの家に行くことにした。
今の学校の友達と離れるのは寂しいけど、お母さんから、もうおばあちゃんに会えなくなるかもしれないと聞かされて、そっちの方が嫌だと思った。彼女と離れるのも心痛かった。      けれど、きっとどこかでまた再開できると僕は信じている。だって、僕たちは、、、
 そして、僕は転校した。ちょうど、学校は夏休みだったので友達にはお別れの挨拶をしないで、僕は地元へと帰った。
帰る前にどうしても彼女に会った。
そして、彼女にだけは転向することを告げた。彼女は泣いていた。僕も少しだけ泣いた。
それでも、僕は離れることを決めた。
そして、僕はおばちゃんの家で暮らすことになった。
おばあちゃんの家から通うことになった小学校も夏休みだった。
夏休みが終わるまでは、おばあちゃんの家にいた。おばあちゃんとお話しをした。
これで、もう会えないなんて言われたら、ずっとそばにいたくなってしまった。
外に出るより、おばあちゃんと一緒にいる時間の方が長かった。だから、いろんな話をした。前学校の友達のこと楽しかったこと
そして、彼女のことを話した。
「すけちゃんはよく笑うようになったね〜」
ベッドの上で横になっている、おばあちゃんが僕にそう言った。
僕の名前は信之助。おばあちゃんは僕のことをすけちゃんという。
「それは、おばあちゃんのおかげだよ」
「そうなのかい」
おばあちゃんは優しく微笑んでいた。
そう。僕はおばちゃんの言葉によって人生を変えられた。変えてもらった。
今でもよく覚えいいる。
僕が幼稚園の頃のことだ。あの頃は長期休みになるとよくおばあちゃんの家に泊まりで遊びに行っていた。
その頃の僕は、今とは正反対の性格だった。
無口で笑顔を人に見せることはあまりなかった。
だから、友達と呼べる友達は1人もいなかった。そのせいもあって、彼女の気持ちがよくわかった。一人でいるのは寂しい。気持ちが暗くなるだけ。だから、僕は彼女に声をかけた。あのとき、おばあちゃんが教えてくれたように、彼女に笑顔になってもらいたくて。
「すけちゃんはどうして笑わないんだい?」
おばあちゃんは僕の顔を見るたびにそう言った。僕はなにも答えなかった。その答えを知らなかったからだ。
「すけちゃん、笑顔の秘密って知ってるかい?」
僕は首を横に振った。
「そうかい。じゃあ、教えてあげるよ」
僕の正面にすわっているおばあちゃんはそう言って笑顔の秘密を教えてくれてた。
 そして、こうも言った。
「この秘密は誰かに言うことで初めて意味ができるんだよ」
この頃の僕はこの言葉の意味が分からなかった。でも、今の僕には小学四年生となった僕にはその意味が分かっていた。だから、彼女に教えた。笑顔の秘密を。
 おばあちゃんには、笑顔のこと以外にもいろんなことを教えてもらった。その中でも印象に残っているのは、繋がりのことだった。人とのつながりのこと。
「人は縁という見えない糸でつながっているんだよ。でもね、その糸は凄く細いの。ちょっとしたことで簡単に切れてしまう。しかも、一度切れてしまうと結びなおすのに時間がかかる」
おばあちゃんは、何かを思い出すように言った。
「そして、それはいつ切れるかもわからない。どんな瞬間に切れるのかは誰にも予想できない。そして、切れるときは音が聞こえる。プツっという音が心の中に響く」
おばあちゃんはまだ、遠くを見ていた。まるで、自分のことを話しているような感じの物言いだった。子供の頃にこんなことを言われても意味はまるで分ってはいなかった。ただ、いい言葉だということは直感で分かっていたので今でも心の中に残っている。この言葉たちの意味も今なら分かる。

「おばあちゃん。本当にありがとう」
「何が?」
「うんん。なんでもない」
ただ、おばあちゃんに感謝の言葉を言いたかった。それだけだ、いつ縁の糸が切れるか分からないから言いたかった。縁の糸は何も友達とか恋人だけではない。たぶん最も長くつながっているのが家族だ。親族だ。その糸は見えないけれどちゃんとつながっていると思う。でも、おばあちゃんとの糸はもういつ切れるか分からない。
「おばあちゃん。やりたいことないの?」
「やりたいことかい。そうだね~。」
おばあちゃんは少し、考えるフリをしていた。たぶんフリだ。おばあちゃんはきっとこう言うだろう。
「すけちゃんに会えただけで幸せだよ」
やっぱり。きっとそう言うと思った。この人はそういう人だから。
「そうなんだ。他にはないの?」
「ん~。ないね~。だって、もう私は幸せ者だから。ここまで生きてこれただけで、いろんな人と巡り合えただけで幸せだよ。だから、もう思い残すことはないよ」
「そっか……」
おばあちゃんがこう言うなら、もう僕には何もできない。ただ、おばあちゃんのそばにいてあげることくらいしかできない。
 そして、僕はもう一度おばあちゃんにありがとうと言った。おばあちゃんは静かに笑って目を瞑った。
「おばあちゃん」
僕はおばあちゃんの首に手をあててみた。よかった。ただ、寝ているだけだ。おばあちゃんの安否を確認すると僕は自分の部屋に戻った。
 学校が始まるまで、後二週間くらいある。僕は、こっちの学校で友達を作ることができるだろうか。少しだけ不安だった。でもきっと笑顔の秘密を知っている僕なら大丈夫だ。それに、彼女も頑張っているはずだ。僕も頑張らないと。自分のベッドに横になってそんなことを考えていた。そうしていたら、いつの間にか眠っていたらしい。
「ご飯できたよ~」
お母さんのその呼びかけで僕は目を覚ました。窓の外を見て見るとすっかりと暗くなっていた。僕はリビングに下りた。リビングにはお母さんがご飯の準備をしていた。僕は丸机のそばに座った。おばあちゃんの家は椅子に座ってご飯を食べる形式ではなく、直に畳の上に座ってご飯を食べる形式だった。おばあちゃんも机のそばまでやってきて背もたれのある椅子に座った。昔はおばあちゃんも一緒に直に座っていたけど、今は背もたれのある椅子に座らないとうまく座れないみたいだった。僕は運ばれてきたご飯を小皿にとりわせておばあちゃんの前に置いた。
「ありがとね」
おばあちゃんは笑顔でそう言った。
 やがて、お母さんがすべての料理を運び終わって僕たちのところにやてくると、みんなでいただきますを言ってご飯を食べた。
 僕の家族は今ではこの二人だけだった。おじちゃんは少し前に他界してしまった。お父さんも僕が幼稚園の時に亡くなってしまっている。思えば、その時から、僕とお母さんの顔から笑顔が消えてしまったように思う。お母さんはお父さんを失った悲しみでいつも泣いていたし、僕も泣いていた。でも、おばあちゃんだけはいつも笑顔だった。お母さんはそのことが気に障ったのか、たまに怒りを覚えていたようだ。今はそんなことはないけれど。きっとお母さんも笑顔の秘密を教えてもらったんだと思う。今のお母さんはどんなに苦しくても笑顔を絶やすことはなかった。だから、僕もおばあちゃんに笑顔の秘密を教えてもらってからは、できるだけ笑顔でいようと心掛けた。
「いただきます」
僕たち三人はそう言ってご飯を食べた。


 プツ。糸が切れる音が聞こえた。
 そして、おばあちゃんはこの世から去った。僕があたらしい小学校に行く前に。

 
 そして、時間がかなり経った。俺は、大学生になろうとしていた。
 僕は彼女と出会った町の大学に通うことにした。彼女との再会を信じて。けれど、その確率はかなり低いと思う。きっと宝くじに当たる確率よりも低いんじゃないだろうか。だって何十億分の一の確率なんだから。
 それでも、俺は彼女と再会できると信じている。                    だって、まだの彼女との縁の糸が切れていないはずだから。
 俺は大学生になった。今年から一人暮らしも始めた。いろいろと新しいことだらけで、彼女を探す余裕なんてなかった。彼女はこの大学にいるのだろうか。なんにも保証もなかった。彼女の好きなことも将来の夢も何も知らなかった。ただ、なんとなく彼女がこの大学にいるような感じがしただけ。だから俺はこの大学を選んだ。もしも、出会えなくてもそれはそれで諦めようと思っていた。
 だけど、その出会いは起こった。俺たちの糸はやっぱり、まだ切れてなかった。

「ねえ、もしかして……」
俺が学食でご飯を食べていると、急に声をかけられた。俺はご飯から顔をあげて、その声の持ち主を見た。
「何ですか」
彼女は俺顔をじっと見つめている。もしかして、顔に何かついてる。俺は自分のの顔を触ってみた。
「何もついてませんよ」
彼女は僕の心の中を読んだのか笑顔でそう言った。
よかった。僕はホッとした。
「前、座ってもいいですか」
「どうぞ」
俺は笑顔で言った。
「ありがとうございます」
そう言うと彼女は手に持っていたご飯の乗ったお盆を机の上に置いて、俺の前に座った。
「今日の日替わり定食美味しいですか?」
彼女がそう聞いてきた。俺が食べているのが日替わり定食で、彼女のお盆に乗っているのもそうだからきっとそう聞いてきたのだろう。今日の日替わり定食は生姜焼き定食だった。生姜がよく効いていてとてもおいしかった。
「美味しいですよ。今日はあたりの日です」
ここの学食の日替わり定食は美味しいときとそうじゃないときがある。今日は美味しい日だった。
「そうですか。では、いただきます」
彼女はにこっと笑ってそう言うと、生姜焼きを一口食べた。
「ほんとだ。美味しい」
彼女は俺の方を見てもう一度にこっと笑った。
「ですね」
俺も生姜焼きを一口食べた。
「あの、何学部ですか」
「え……」
「あ、いや、言いたくなかったらいいんです」
「あ、そういうわけではなくて、ただビックリしただけです。僕は文学部です」
「そうなんですね」
「え~っと。お名前なんていうんですか」
「あ、そうでした。まだ自己紹介がまだですね」
そう言って、彼女はクスクスと笑った。
「私は、農学部。一年。如月明美です」
そう言って彼女は頭を下げた。俺は彼女の名前を頭の中で繰り返した。
きさらぎ あけみ……。明美。ん。もしかして?。
「あの、もしかして……。昔に会ったことある?」
何だか、ナンパしているみたいだった。
「やっと思い出したの。信之助君」
彼女はいたずらな笑みを浮かべていた。
やっぱりそうだった。彼女はあの時の明美ちゃんだ。
「俺のこと覚えてるの」
「あたりまえじゃん。忘れるわけないよ」
彼女の名前を聞くまで僕は気づかなかった。あの頃と、しゃべり方も雰囲気もまるで別人だったから。
「だって、私、あなたに人生変えられたんだよ」
「え……」
「教えてくれたでしょ。笑顔の秘密」
そう言った彼女は笑顔だった。それも、覚えててくれたんだ。
「あの日。あなたが教えてくれたから。私は変われた。どんなことがあっても笑顔でいようって心に決めて生活をしてきた。そうしたら、本当に私幸せになれたみたい。あの後、笑顔でいることを心がけたら、嘘みたいに友達ができた。今まで一人もできなかったのに私にも友達ができたの。それに、性格も変わったみたい」
確かに彼女の性格は百八十度くらい変わったように思う。あの頃の暗い性格の彼女は見る影もなくなっていた。
「何だか、笑顔のおかげですべてがうまく回り始めた感じがするの。本当に信之助君のおかげ。ありがとう。それに、笑顔の秘密のこと友達に話したよ。あなたがそうしないといけないっていうのを思い出して、話したよ」
「そっか、それも覚えててくれたんだ」
「うん。私の人生は信之助と離れ離れになってからようやく始まった気がする。でもね、初めは大変だった。毎日笑顔でいるのって大変なんだね。あの頃の信之助君は当たり前にやっていたけど、私には難しかった。笑顔を忘れかけていた私には。それでも、必死に頑張った。あなたの言葉を信じて私は笑顔を絶やさないようにしようと思った」
そうなのか。彼女はそこまで、俺の言葉を信じていたのか。俺がおばあちゃんの言葉を信じていたように彼女も俺の言葉を。
「そっか。ありがとう」
俺はそう言うと、すっかり冷めてしまった生姜焼きを食べた。彼女も同じように生姜焼きを食べた。その後は、二人で定食を完食するまで話しながら楽しい時間を過ごした。まさか、またこうして彼女と出会うことができるなんて、なんという奇跡だろう。宝くじに当たるよりも嬉しかった。
 そして、二人で食器を返却口に返しに向かった。
「そうだ、連絡先交換しない?」
「うん、いいよ」
俺は彼女と連絡先を交換した。
「じゃあ、またね。連絡するね~」
そう彼女が言うと手を振って食堂から出ていった。さっきまでの彼女との時間を俺は頭の中で思い出していた。本当に彼女はずっと笑っていた。ずっとと言うと少し語弊だが、俺と話をしているときはずっと笑顔だった。
「変わったんだな。彼女も」
俺は午後からの講義がある教室へと向かった。彼女との幸せな時間を噛みしめながら。

 講義を終えて自分の家に帰る途中で彼女から電話がかかってきた。
「もしもし」
一体どうしたんだろう。
「もしもし。どうしたの」
「ううん。明日、暇かな~と思ってもし暇だったら。どこかに遊びに行かない」
「明日ん授業一つだけだからその後なら大丈夫だよ」
「ほんとに」
彼女の声は弾んでいた。
「じゃあ、明日、あの公園で待ち合わせでいい?」
あの公園。彼女はどこのことを言っているのだろう。思い当たるところは一つだけあった。きっと彼女と最後に会った公園のことを言っているのだろう。
「二人で一緒にパンを食べた公園でしょ?」
「うん。覚えててくれたんだね」
彼女の顔は見えないけれど、きっと笑ってるんだろうなと俺は思った。
「もちろんだよ。忘れるわけないじゃん」
そう。忘れるわけなかった。彼女と初めてデートをしたあの公園。恋人関係でもなんでもなかったけど、彼女と過ごしたあの一日は僕の心の中にしっかりと刻まれている。いつになっても、忘れようとしてもきっと忘れることはないだろう。
「なんか、嬉しい。じゃあ、また明日ね」
「うん。また明日」
そう言うと彼女の方から電話を切った。
なんか。嬉しいか。それは俺もだよ。とは言わなかった。
 何十年越しにこうしてまた彼女と会うことができた。こんなに幸せなことはほかにはないかもしれない。きっとこれも笑顔のおかげかな。笑顔がつないでくれた縁かな。そうだよね。おばあちゃん。一度は切れたかと思っていた縁の糸が、また結ばれたのかな。
 俺は空を見上げてそんなことを思った。
 もう、切らないようにしよう。些細なことで簡単に切れてしまう、この縁の糸をいらないようにしよう。彼女と糸が結ばれていることに感謝しながら僕は一歩ずつ歩みを進めた。

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