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【2025年第1週の日記】「お初に詣でさせて貰います」

1月1日(水)
きおくなし!

 恋人と共にダラダラ起きた。起きてから何をしたかも覚えていないけど、ダラダラとお雑煮を食べるようにした。
あと、クリスマスの日に買ってそのままにしていた冷凍ピザもチンした、チーズたくさんで旨かった。茶碗蒸しも作った、恋人に銀杏を茶封筒でチンすれば手で割って食べられることを教わって以来、割と無敵である。

天才のお雑煮
お雑煮の輝き

 この日は初詣に行こうという話だけずっとあった。テキパキした人間ではないなりに行こうとだけ決めていた。
 寒空のもと、ちょうど良い遠さで初詣の盛り上がっていた筥崎宮へ向かう。ヘッダーにしている通り沢山の福岡の人で溢れている。個人的な慣習として1日の午前までに初詣は行くものだったので夜詣は新鮮な緩さが心地よく、寒さが寒すぎだった。
 ダラダラと、ただ確実に一歩ずつ進む6人横並びの行列の中に居て、不思議な静けさがあった。それでも筥崎宮はあまりに飛行機が近くを飛ぶから、毎度夜空に目を向けていた。
 程よく列をこなしてお賽銭を済ませ、そのままお守りを買おうか迷ったものの流石に並びすぎな列を眺めて、沈黙の二人の中に「これはスルーかな」という合意が形成されていた。そうやって行列に若干首を引っ張られながら、気を取りなおすまでもなくおみくじタイムと行こうじゃないか。今回は「鳩みくじ」というひと際目立つ看板のもとへ向かう。どうやら一回500円と割高な分景品が着いてくるという御神籤らしい、さっそく御神籤を引いてみる。木の筒から出てきた木の棒に書いてある番号を伝えれば巫女さんからは「半吉」というあまりにも落ち込みずらい結果が返ってきた、二人ともども。おまけはそれぞれ幸運OOという冠を謳ってはいるもののボールペンとスティックシュガー10本で、神社と言う権威がそこまで言い切る覚悟だけは受け止めてやろうかと譲歩して喜ぶ。こんな書き方はしたけど幸運砂糖の語感とか、よく景品になってる型のボールペンに仰々しく描かれた「幸運」の赤字は浮き足だつには十分な嘘っぽさだった。
 肝心の御神籤の結果についてというか「半吉」かいう言われても良すぎない事しかわからない吉についてだ。そもそもオーソドックな小吉とかを引いたときでさえ「吉よりは下の等級だった、気がする。」程度に戸惑っている自分にとって「半吉」はテストみたいに知識を思い返しながら「落ち込んだらい、い、気がする、やっぱそうだよね」と御神籤の本文の内容を答え合わせとして読んでしまう感じになってよくない。
 それと、この結果自体は真摯に受け止めるとしても景品付きの御神籤だと、景品が付きにくいようにしつつ御神籤の結果と付ける付録の価値に大きな差を生まないためにいまいちな占い結果が横行しているんじゃないかと邪推してしまったし、そうだとしたら許せない。笑

旨そうだった店、雰囲気込みならアリかもしれなかった

 いまいちな御神籤はちゃっちゃと括りつけてしまいまして、「ラーメン」という提灯を下げた何やらうまそうな焼き鳥屋に入って拉麺初めに勤しんだ、別に全然美味しくなくてウケる。それと、お客さんの平均的な厳つさが普段見る福岡の何倍か凄くて、なんか自分って異邦人かもなっていう時間だった。
 なんか元旦の日記にしては語気が刺々しくて気が引けるけど、幸いなことにここからが本番で、筥崎宮の三が日は参道に屋台がいろいろ出店している。駐車場から詣でに行く間ですこし目星をつけておいた店が何個かあるからそれを巡って、なんならいいやつがあれば持って帰っておつまみにしようということにしていた。まあ冬に出店、こっちがクライマックスだ。恋人は焼きそばを食べることに決めていて、恋人が何か決めている時の意思のゴツっとした手触りが好きだ。
 冬の出店って意外と記憶になくて、新鮮な気持ちで眺めてみる。モツ煮がある。見た目にも明らかな🐎さだ、ぐつぐつと正方形の鍋が二つ、醤油味と味噌味とある。「モツ煮は何となく味噌味だろう、寒いし。」というだけで選んだモツ煮はあんまりにも美味かった。秋口にはそこら中で売っていて欲しいと恋人と盛り上がった。なにより煮物はデカい鍋の方が旨くなりそうだし、屋台ではもっと色々煮た方がよい。
 屋台らしさで言えば粉物の店はどこも裏にバケツがあって、それをぐるぐる電動ドリルとかで混ぜている。なんかそれを地元の兄ちゃんたちがやってるのを見ると別に必ずしも不潔に思えなくて、海外にある日本ではあり得ない衛生レベルの屋台で飯を食う現地の人ってこんな感じなのかな、とか思った。
 あとテキヤって厳つい感じの人ばっかりなイメージやったけど、梅ヶ枝餅の出店にいるのは大宰府で見たような白い割烹着?来たお兄さんたちで少し安心もできた、なんかそういう家族経営っぽい屋台が多かったように思う、出店者というよりその子供っぽい年頃の店番とかが多かった。
 一通り眺めながら歩いている中一際異彩を放っていたのが「焼き小籠包」だった、別に店のことは一個も覚えてはないんだけど、あんりえないくらい美味かった、助かった、ライフステージが少し上がった。
 モツ煮と焼き小籠包以外には帰ってから食べる分にと、焼きそば、チーズじゃがバター、ベビーカステラ(全然歩いて食べきるつもりでいたけど生焼け過ぎてお腹壊すから持って帰ってチンしてから食べようとなった)、を買って車に乗る。
 じゃがバターを買った店は「じゃがいも屋」と看板を下げていてそれまでにあった「じゃがバター」とかはすんでの所でスルーしていた我々もネーミングセンスがとどめとなって立ち止まることになった。バターが一斗缶から直塗りで、おいおいおいおい、じゃんか。だった。

光のおもちゃ屋さん

 帰ったらそれらを食べて、酒も飲んだ。帰りの車が緑色の暗さをしていて、楽しかった気がする。筥崎宮から都市高速に入る道が分かりづらくてわちゃわちゃしていた。
 都市高速に乗れてホッとしているのも束の間道が分岐して、見事に一区間で都市高速を降りることになってからは、Uターン+二重課金も癪なので下道で帰ることにした。お陰で眺められた元旦夜の福岡は別に普段の深夜と変わらないっちゃ変わらなくて、チェーン店だけがやけに明るく働いていた。

 明けましておめでとうをそんなに言わなかったな

明けましておめでとうございました。


1月2日(木)
天気がなくなるくらい寒かった

 仕事初めなのまじありえない、ありえないながらの生活である。働く隙間で生活をして、生活の狭間に文章を書いている、消えるようには死にたくないという気がしている。嗜好性として。

 恋人は今日もウチに泊まってくれるらしく、初めて眠そうな恋人に見送られた、幸せすぎる、ありえねー、うれしー!だった。

 仕事のことはマジで覚えてない、年明け三が日で誰がこんな買い物すんねんなと思ったのは覚えてるから忙しかったんだと思う。
 そんなことより、クリスマス前に買って撮りだめたフィルムが一本埋まったのでそれの現像をした、フィルムはこの瞬間が嬉しい、嬉しかった。

夜道を歩く恋人

 嬉しくて嬉しかったまま仕事終わり、恋人が車で迎えにきてくれた、もうはちゃめちゃだ、破茶滅茶。
 LOVEドライブだった、途中拉麺食いに二人ともお気に入りの「海豚屋」に行こうと立ち寄ったけど寒空の下行列ができてて断念、初めてのラーメン屋に行く。黄色い店内に沢山のメニューがあって、それ旨そう〜って感じだった。味は普通だった。
 腹ごしらえも済ませてもう明日朝には恋人が発ってしまう訳で、ということも感じさせないほど楽しい時間が過ぎる。近くのスーパーでアイスとか買って帰ろうかとなる。三が日の夜中、薄暗い店内でエンジン駆動なんかってぐらい音を立てる什器たちの中、だらだらと店の設計した動線の通りをなぞってレジまで行く。

初めて見るタイプの伊藤園の什器、薄長い

 帰って、寝る、一緒に寝られるのは嬉しい。


1月3日(金)
空がなかった

 ついに恋人帰宅。

光芒と帰る恋人

 うちの周りの地形によるものなのかなんなのかこの冬は所謂"天使の梯子"(調べたら「光芒」とか「薄明光線」とか呼ぶらしい)が殆ど毎朝見られていて、それを共有できたのがめちゃ嬉しかった、恋人はコンタクトに傷が入っていたらしく、一旦取り替えてから光芒を認めていた、水晶体に傷入ってるとかじゃなくてよかった。
 この日のLINEを見返したらなんか動画を恋人に送ってて

 心意気の動画だった。


1月4日(土)
夜がくれば暗くなる空を、僕らは天気だと思わない

 恋人との三が日を満喫したのもつかの間、この日は大学時代の友人と夕食会を開くこととなっている。面子は主に学園祭実行委員会に所属していた頃の先輩で、一人仲の良い同級生もいるといった具合だ。気心は知れているものの、最後に会ってからとうに2年は経っており、そんなに空いてるのは僕だけだから憂いというか心配もあった。
 いざ会場に参入してみれば、なんだ杞憂だったんじゃん!と残業で少し遅れた体に朗らかな私を取り戻した。大学の頃の友人との関係性に身を預けるのが、個人的には最も心地よいのを思い出した。高校生の頃ほど棘はなく、社会人程の利害関係もない、(正直自分が最も甘えているのも大学時代の友人に対してだと思う)なんて素晴らしいコミュニティに属する機会に恵まれていたんだと思い切りの夜だった。
 今夜は、勿論、一個一個のやり取りも面白かった、相手の懐の深さが量れているから、飛び込むにしても恐れずに飛び込める。
 6人で飲んだけど、6人で確かに未知の時間を過ごしたはずなんだけど、日記として振り返るならあの時間は"歴史に浸る"時間だった、どういう時間を彼らと過ごしたのかを、会話から思い出すような、今までなかった話題に会話が弾む間も、その土台として降り積もってきた共通知とコミュニケーションの密度に身をゆだねていた。
 割とあっさりと皆とおさらばしてしまう。こういうときの気持ちの寂しがり方が、自分の幼さを象徴していると感じる帰路だった。

 LINE見返したらスーツのまま寝てたらしい。反省。


1月5日(日)
寒すぎなかった

 起床する。スーツで寝ていたから骨格というか身体の凝りはあるものの、適度に大酒をした翌朝はいつも早起きが発生して、その早起きした分の時間が全部二日酔い解消のための入浴に費やされるところまでをほとんど無思考で完遂する。ちょうど風呂場を出るまでが早朝な感じがした。
 元々今日は昨日同席していた友人ともう一人呼んで飯でも食うつもりだったけど、体調不良者が出て中止となるらしく、それならと映画の時間をちゃっかりリサーチしていた。見たい映画は4本あってそのどれもKBCシネマかkinocinemaで上映されているらしかった、なるべくたくさん映画を見ようとしたら一本目が午前中で、うちから天神にあるそれらの映画館まで1時間強かかるとすると酔い上がりの僕にはなかなか詰まったスケジュールで、まあそのスケジュールをこなす代償と言ってはなんだけど、財布を丸々家に置いてきたままでの天神映画放浪記となるわけだった。
 何か月か前、映画をたくさん見ようと意気込んでkino cinemaの会員になった記憶によればkinoでは形態の決済が使えなかったはずなので、午前中から今日はKBCにお世話になることになりそうだった。

 KBCではとりあえず絶対見ようと思っていた『どうすればよかったか』を見る。家のすぐ横のスタバでなんとなく買ったフラペチーノが手元に残っていて、さすがにシアターに堂々と持ち込むのも気が引けて紙袋ごとリュックにしまって入場した。この辺は時間もぎりぎりだったし結構緊張した。
 年明け早々の映画館は『どうすればよかったか』の反響もあってか思いのほか込み合っていた。夕暮れが強い陽炎を起こしながら水平線に沈むときに見える空気の揺らぎほど人が多くて、映画館なんて人がいてなんぼのもんかもなと思わされる。
 感想を書いては一日の項が潰えてしまうほどの傑作だった。何かの媒体を通じて何かを残さなければ過ぎた時間のことはどこにも残らないという意味で自分の書いている日記も、写真も、短歌も、どれも意義深いものだったんだと感じるような時間だった。
 作中、花火を3人で見ている時間の、時間がそこに在って、お姉さまのきらめきが、ピースが、時間はその体にずっと留《トド》まっていたんじゃないかと思うほどあどけなく輝いていた。
 彼らを取り囲むすべての経過が明かされているように錯覚するこの映画からも、監督がカメラを手にする前の時間や家族と過ごさなかった時間も取りこぼされていて、かといってそれは映らなかった訳じゃない。変貌していく家の窓辺には写されなかった時間とそこを過ごした人間の意志が滲んでいる。
 最小限の説明によってあられもなく描かれた非舞台芸術的な映画(それをこそドキュメンタリーというよな気もするけど)として、(内容を知ったうえでどう表現するかは悩ましいけど)ある意味美しかった。それでいて、映画が逃れ得ない編集という意図や、それすらを超えてそもそも撮影しようという意志として存在する監督、そういう生々しい実態にすごく接近するような荒々しい時間を体感できた、見てよかった。

 観終わっては次の『I like movies』迄を過ごす。この映画はpopyeの表紙で見て以来気になっていた。間に昼飯を食おうと一旦映画館を後にする。後にする時一瞬リュックを傾けてしまう。よぎる。茶色いフラペチーノが波打つところが思われて袋を素早くリュックから取り出す。一緒に入っていた
本を確認すると無事、意外だ。北海道の羅臼で雨に降られて『一握の砂』がびしょびしょになったのを思い出していた。とか思っていたら取り出した袋の様子がおかしい、どうにも茶色い水を零し続けけている。リュックから取り出すのには間に合ったものの、袋の中でこぼれたフラペチーノを袋は底面の穴から吐き出しているようだった。リュックから取り出すときに完全にコップが倒れたのかは不明だが何かしらとどめが刺されたのであろう。血糊のリアルさの話か何かで、切ってすぐは血管も圧が強いから思っている以上に鮮血というのは飛び散るんだという雑学を聞いたことがあって、それに鑑みればずいぶん控えめに、大量のフラペチーノが歩道に吐き捨てられていった。特にビニール袋を常備しているわけでもない僕はいったんスタバの女神だか人魚が濃い緑、森というより青銅を思わせるような緑でプリントされたクラフト紙っぽい紙袋は歩道の端に置いて、ビニール袋を手に入れるため最寄りのコンビニへ駆けた。気づけば映画中何も飲んでおらず喉が渇いていたのでお茶を買う。言わなければシールで済まされてしまうサイズの買い物であることに焦って、普段より少し大きめの声で「袋下さい」と店員さんにお願いした。当然ペ干支ボトル一本に対する袋は大中小でいうところの小っぽいサイズでさっきのフラペチーノが溜まった紙袋がちゃんと収まるかふあんだった、が、かといって店員さんは慣れた手つきでもうペットボトルを袋に納めて「支払方法はいかがなさいますか」少しの訛りをけだるげな表情に吊り下げているわけで、もう「iDで、」とだけ伝えて先ほどのフラぺを零した現場に急行するほか選択肢は浮かばなかった。なんとか、もうマッチ箱のごとくすっぽりとビニールに紙袋ごとフラペチーノの零したものを詰め込み、最寄りのごみ箱に捨てた。(完)
 ぐらいの気持ちでパンを食べに行く。天神の「Antique」だ、ここは一見ただのパン屋だが二階にカフェスペースを設けていて店内飲食がかなりゆったりとできるようになっている。今日使ってる人を発見して気づいたけどトースターもあって、素敵空間ステージャーだった。
 素敵しすぎてたら『I like movies』にちょっと遅れる。素敵で、急な連休だし暫くそんなことないし実家帰っちゃったが良かったんじゃないかとか無理をおして恋人に会いに行ったらすごく喜んでもらえるんじゃないかとかぐるぐる考えてたわけだけど、今思えば素敵してるやつ財布持ってないわけで到底遠出できるような装備をしていなかった。
 そんなこんなで再び訪れたKBCシネマではスタッフさんにやさしく案内してもらいながらシーエムのまだ明るい時間ぐらいにはスクリーンに入場ででていた。
 『I like movies』っていうのは映画好きのナルシシズムと決着を付けるような映画だった。決着は容赦なく苛烈で、静かで、収束しない。食い気味に襲ってくる明日を機能を内に秘めた体のまま熟さなければならない。カピカピの瘡蓋の下ではまだ確かに変色した血肉が疼いていて、体液のリズムは跳ねているのに、だ。
 そんなに激しいことが起る映画ではない、何ならカナダという土地が広大なだけで日本で起きるなら徒歩圏内の出来事ばかりだ。でも、思春期の映画好きな家庭と将来に不安を抱えた弁の立つ少年にとってその狭い生活圏は焦燥に溺れるには十分の広さだった。憧れのレンタルビデオ店でのアルバイトという小さな出っ張りが徒歩圏内をぐるりと囲んでいた風船に傷をつけ、割る。割れるとうるさかったり、痛かったり、悲しかったりして、空気が流れ始める。そういう若者の多くが経験する流れに必ずしも甘酸っぱい味付けをしないで、苦いものは苦いまま提示してくれていたのが、うれしかった。当事者っだた幼さの僕らにとって、確かに絶望は絶望の色をしていたんだって、思いださせてくれたし、そのうえで寄り添ってくれる映画だから、温かいんだった。

KBCに置いてあったポスター

  ここまで見終わってもう決めていた『アット・ザ・ベンチ』を見に行く。これまた面白い、面白いに決まってるようなメンバーの映画でいて、ホントに面白かった。映画として好きだったのは第4編で、急に外連味のチューンが先鋭化された感じがあって、その上で第3編までの文学っぽい良さにちゃんとライドしていて、脚本家が複数のオムニバスとしていい相乗効果が産まれていたように思えた。
 面白さでいえば第2編の蓮見翔さんが圧巻で、荒川良々さんと岡山天音さんと自分が一番推してる岸井ゆきのさんがそれぞれ違う弾力の喉で弾けていた。『ケイコ 目を澄ませて』からの幅とかも考えたら岸井ゆきのさんって本当に凄い女優さんなんじゃなかろうか。

 今日来る時に帰りも余裕持って西鉄バスでいいだろうと思って1日乗り放題券を買ったのにこの『アット・ザ・ベンチ』みたら終バスを逃す時間だと一瞬見るか迷ったけど、観てよかった。ミニシアター系の映画は見逃すと本当にもう観られないなんてことがザラにあるから決断が大事。その一方で、見逃してしまうことも含めて運命に身を委ねるじゃないけど、作品と出逢えて、観たいと思えて、観て、面白がれることそれ自体の有り難さみたいなものは今でも光っていて、お勧めですよ。

 最後駆け足で、15日の朝の電車で目的地に着いてしまう前に書き切ろうとかしてるから駆け足になって、それでもこんなに長くなる、3本映画見て感想書いてたら全然書き終わらずにもう10日近く経っている。自己言及的になりたくはないけど、って感じです。映画好きだからぜひコメントでも何でも感想をぶつけ合いたい。です✌︎


2025年第1週のまとめ

 抱負を書くんだろうか、「抱負とかだりぃよ!」というか「皆んなもやりたくないことやんなくていいからね!」みたいな専らカウンターカルチャーとして広まった言説に、ただ乗るというより、ちゃんと求められてから考えてみたいとも思う。だから今年はとりあえず書く!
 2025年の抱負は「心配をかけないで皆んなと生きる」です。消極的で人の目ばっかり気にしているような言い方になっちゃうのは嫌だけど。
 抱負のきっかけがあるとすれば、姉の体調を気遣おうと「いつでも呼んでねー」と声をかけた時に「じゃあとりあえず心配かけんように元気でいてね笑」と返ってきたことだ。まあ若干遠方に住んでるからだろうし必死の声掛けを受け止めてもらえたとは思えてるのだけど、嬉しかったけど、本当に僕の方の実が伴っていないというか、自分の至らなさについて確信を突かれた気まずさを勝手に感じてしまった。
 ちょくちょくこのことは考える、優しいとかちゃんとしてるとかって、優しくするって言うくらいだしなんか体が動いてないと嘘っぽいよなって、少なくともこの愛を伝えるには不十分だよなとか、でもそれで黙るのも嫌だから、あんまり変わらないまま生きてきた。
 言ってもやれないことは多いし、まだまだ身の丈に合うだけの優しさでさえ振る舞えている気がしなくて、自分の思う充分な愛を下回らないように約束だけをして回っている。
 僕の特性として、自分的な区切りがついちゃうと爆速で忘れてしまうと言うのがあるから、あんまり抱負とかは言わない方がいい気もする。言って、整理されて、気にならなくなったら本末転倒のお祭りじゃんか。
 だから抱負はこれ以上解説しないようにしようかな。
 でもなあ、最後にあれ、皆んなとって言うのはあれです、日記の中に一緒にいてくれる人の言葉とか仕草をもっと表したいと思った。ってことです。一人語りすぎかも。
 抱負の話をまとめるもクソもなく「心配をかけないで皆んなと生きる」ようにしたい、独りも嫌いだし、心配かけるのも嫌だから。

 あとは写真も日記も短歌も映画も全部好きだから上手く続けたい、生活も大変だけど損なわないようにしなきゃ行けない、僕の人生でこれまでもこれからも一瞬でも交わってくれた人達から受けた光を一身に放って、幸せになりたい。

 皆様の一年が穏やかなものになりますように。


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