すべては意志から始まった。”NEXT HERO”を生み出したのはコンビニでのプレゼン
作家兼実業家・北野唯我さんと新規事業家・守屋実さんが、「未来をつくる人を増やすための教科書づくりプロジェクト」の一環として行っている定期対談。これまでの2回では、「意志を持つことの重要性」や「事業の種の見つけ方」「起業家に必要な素養」などについて2人の立場から議論してきました。
第3回である今回は「意志を持つ人」の具体例として、守屋さんのサポートを受けているVALT JAPAN株式会社の代表取締役・小野貴也さんをゲストにお呼びし、起業の経緯や守屋さんとの出会いからこれまでを詳細にお話しいただきました。
障がいを持つ人の就労支援というソーシャルビジネスが、いかにして始まり、伸びてきたのか。そしてVALT JAPANが創る未来とは何か。意志のパワーを感じさせる、リアルな起業ストーリーが語られました。鼎談の模様を全3回にわたってレポートします。
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MR時代の患者会で雷に打たれ、数か月後に会社立ち上げ
北野:今日はとても楽しみにしていました。いろいろ聞きたいことがあるのですが、まずは簡単に小野さんの自己紹介と事業紹介をお願いできますか。
小野:わかりました。改めまして、VALT JAPANの小野と申します。前職は製薬会社でMR(医薬情報担当者)をしていました。精神疾患系と生活習慣病系の医薬品を主に扱っていて、ある日、精神疾患の方が30名ほど集まる患者会に参加して、皆さんのお話を聞く機会がありました。
1人ひとり抱えている症状や治療法、服薬状況はさまざまでしたが、全員に共通していたことが1つありました。それは「仕事の成功体験がほとんどない」ということ。衝撃でした。
北野:誰も仕事の成功体験がない?
小野:はい、当時20代前半の私は、いい薬をつくって患者さんのQOLを上げることをミッションとしていたわけですが、世の中の実態は決してそんな簡単なことじゃない。どんなに良い薬ができて症状が改善しても、活躍できる職場環境がないと、また症状が悪化して治療する、という繰り返しになってしまう。
「薬は製薬会社が今後もどんどん投資していいものをつくるだろう。だから私は、この負のスパイラルを断ち切り、疾患を抱えた人たちが仕事の成功体験を積み上げられるような社会的システムをつくりたい」。直感的にそう思って、数ヶ月後に会社を辞め、創業したのがVALT JAPAN株式会社です。
北野:数ヶ月で大手企業を退職されるほどの衝撃ってものすごいですよね。なぜそんなにすぐ行動できたんですか。
小野:実際にはかなり迷いました。ただ、自分自身が摂食障害を抱えながら仕事をしていた経験もあり、患者会で現実を見たときに全身に稲妻が走った感覚があったんです。
北野:稲妻が走った……すごいですね。具体的にはどんな事業をされているんでしょうか。
小野:日本には、法定雇用率と呼ばれるルールがあります。従業員43.5人以上の企業は2.3%以上障がい者を雇用しましょうという国の雇用政策です。まだまだ未達の企業が多い中で、厚生労働省は労働意欲のある障がいを持った方々を支援する障害福祉サービスとして、就労継続支援事業を展開しています。
実は就労継続支援事業所は全国に約1万5000か所、だいたいセブンイレブンと同じくらいの数あります。今は約40万人の方々が働いていて、職員が10万人。労働を通じて社会参加ができるという点ではいいのですが、賃金が非常に低く、金額や仕事内容が10年間ほとんど変わっていない実態があります。
本当はもっと活躍できるのに活躍できない方々がいる。この社会課題を解決するために我々は「NEXT HERO」というプラットフォーム事業を展開しています。やっていることはシンプルです。我々が民間企業に営業に行って、お仕事を業務委託で受注し、それを全国の就労継続支援事業所や在宅で働く方々に分配していきます。お仕事の納品物については我々が責任をもって品質チェックと納品まで行います。
「NEXT HERO」には今、1万5000か所の就労継続支援事業所のうち、約1500事業所が登録しており、公的支援を受けずにこういったビジネスをメイン展開している企業は我々のみと認識しています。我々はこのプラットフォームを通して、「障がいや難病を抱えた方でも大活躍できる社会インフラをつくる」ことをミッションに頑張っているところです。
最初のミーティングはセブンイレブン!?意志の強さが行動と信頼を生んだ
北野:ありがとうございます。ホームページを拝見していて、1個1個の単語選びにVALTさんの思想や愛が表れているなと思いました。「NEXT HERO」が特に象徴的ですよね。小野さんは、守屋さんとはどのように出会われたんですか。
小野:私はMR出身なので、そもそもビジネススキルはゼロだと自覚していました。薬は価格が決まっているので、請求書や見積書をつくる機会なんてほとんどありませんでしたし、なんとなくマーケティング用語を知っていても実際の経験がないので本を読んでもよくわからない。
だけど、この社会課題を解決したい。そのためにはビジネスのプロがいないと絶対に成り立たないと思っていました。そんなときに守屋さんの講演会に参加して、「この人だ」と。アポイントを取って、後日20分だけ時間をいただきました。
今でもよく覚えていますが、アポが守屋さんの予定と予定のすき間の20分だったので、次の予定場所の近くにあったセブンイレブンでホットコーヒーを買って、店内のカフェテリアスペースでお話させていただきました。
北野:セブンイレブンでそのままプレゼンですか!すごい。
小野:とにかくこれを逃したらこんな方と会う機会は二度とないと思ったので、そこがセブンイレブンだということを忘れるくらい、思いっきりプレゼンしました。
北野:守屋さんが小野さんと一緒に働きたいと思われた理由を聞いてもいいですか。
守屋:北野さんも高校生の頃、社会起業家のような活動をされていたと思いますが、僕もこういう社会福祉分野にはある程度「意志」を持っていたということが1つあります。直接的に小野さんに反応したきっかけは、冒頭で小野さんがした創業物語です。
普通、MRが仕事で行った現場でそんなに強烈に雷に打たれないですよね。打たれたとしても、まさかほとんど仕込みもない状態で会社を辞めないだろうって(笑)。でも小野さんはすぐ会社を立ち上げて、電話を握りしめてガンガン営業していた。その気合と根性と行動力がすごいなと。
意志の強さが行動に表れていたし、その行動が信頼を生んでいると思います。だけど、最初のミーティングがセブンイレブンってひどいですよね(笑)。
この解像度でコミュニケーションを取ってくださる方は他にいない
北野:僕は最近、新刊を出しまして、その中で「強み」にフォーカスする重要性を述べています。小野さんと守屋さんは、お互いの強みをどう見ていますか。
守屋:小野さんみたいに、いわゆるユニコーンというよりはゼブラっぽい会社(「社会貢献」を第一目的とした組織)はどうしても経済活動より社会的意味合いが高くなります。ただ小野さんは、思いっきり経済的な活動と融合させているんです。社会貢献的ビジネスが経済性を持ち合わせているというのはすごいことだと思います。
Day1からそうできたわけではありませんが、「NEXT HERO」はラクスルモデル(※)で説明できます。1万5000ある小さな就労継続支援事業所が仮想的につながり、1つの法人体のようになると、実質的には大企業と同様の強さを持ちます。
先ほど小野さんからあったように、就労継続支援事業所は合計で50万人くらいの人が関わっているわけです。トヨタグループでも全部で36万人ですから、規模の大きさがわかるでしょう。
北野:なるほど。小野さんが「この人だ」と感じるにいたった守屋さんの強みは何だったんでしょうか。
小野:大きく2つあります。1つは我々のミッションに一瞬で共感してくれたこと。もう1つは、実現可能性の高い手段をその場で何通りも示してくれたことです。基本的にどなたでもミッションに共感してくださるんですが、守屋さんの場合は実現手段をすぐに示してくださって、しかもそれが全部腑に落ちました。
要は、セブンイレブンから出た瞬間に自分が何をするべきかが明確にわかったんです。この解像度でコミュニケーションを取ってくださる方はなかなかいないだろうと感動しました。
北野:少し脱線してしまうんですが、日本の障がい者雇用、就労が困難な方への支援や福祉はどうあるべきかというところ、お考えを聞かせていただいてもいいですか。
小野:日本国内でもいろいろな見解がありますが、いろいろな方々のお話を聞くと、やっぱり企業への就職が今のところベストな着地になっています。
ただ、今社会全体で多様な働き方が叫ばれていますが、これは障がいを持つ方々もそうだよね、という話も過熱し始めています。企業への就職だけでなく、就労継続支援事業所で福祉的な支援を受けながら仕事をしていくことも、1つの働き方だという考え方も強まっている状況です。
おそらくこれからは、障がいを持つ方々の働く選択肢がより多くできて、間違えずに意思決定していける社会へと仕組みを整えていくことが必要になると考えています。
北野:守屋さんはいかがですか。
守屋:右へならえでみんなが同じ未来を望んでいくのではなく、あらゆる人がそれぞれの個性を生かして、それぞれに幸せをつかめる未来をつくっていくという話だと思います。
これまでは就労が難しい方々、それは障がい者だけでなく母子家庭や生活保護受給者なども含まれるかもしれませんが、普通の枠から外れる人は“外れ者”扱いされていたところがありました。でも今はそんなことはなくなってきています。
これまで就労弱者と言われた人たちが、それこそ“NEXTHERO”になるチャンスがある。この時代の流れに乗って、障がい者の雇用経済もうまくつくっていきたいと思っています。
※ラクスルモデル:下図参照
出典:ラクスルHP
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