噂のあの人

大学の入学式。
帆波は看護士を目指し、この大学を選んだ。医療系に強い大学だからだ。
見慣れない講堂に、ズラリと並ぶ新入生。
どこかの病院で同期として働くかも知れない仲間たち。
帆波は希望に満ち溢れていた。

入学して1週間、同じ科の子から聞いた。

「宗田 類には気を付けろ」

どういう事か聞いたら、なんでも女をとっかえひっかえしている人らしい。
帆波は、
(男にも女にもそういう人は一定数居るんだな)
くらいにしか考えていなかった。

帆波は授業の合間、自分のロッカーで次の授業の教科書を用意していた。

「おはよう」

隣のロッカーから声がした。
(そこのロッカーは2年生だ。でも、何で?)
帆波は色々考えたが、
「おはようございます。」
と無難に返事をした。

名前も知らない先輩は、ロッカーのタイミングが合うと一言二言、帆波に話しかけてきた。
答えに困る内容でも無かったから、帆波も無視せずに返事をしていた。

帆波がホールで1人遅いお昼を食べている時、
「隣いい?」
と、声がした。
帆波が声の主を見ると、いつも話しかけてくる名前も知らない先輩だった。
断る理由も無かったので、
「はい、どうぞ。」
と、帆波は答えた。

2人並んで食事をしていると、
「お昼遅いんだね。」
と、名前も知らない先輩が言った。
「3限が休講になったので、図書館が空いてるお昼休みにレポートを書いていたので、お昼がずれ込んだんです。」
「なるほど。頭の良い時間の使い方だね。」
「ありがとうございます。」
誉められたら、素直に嬉しい。しかし、いい加減名前くらいは知りたい。
「あの・・・」
「ん?なに?」
「私、高山帆波と申します。先輩のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「あれ?知らない子いるんだ。あたし、そんなに有名じゃ無いんだ。まあ、悪い方にだから良い事か。あたしの名前は」
「ちょっと!今度のターゲットはこの子ですか!?」
激怒している同級生のみずほが声を荒げながら現れた。
「この子に手なんか出させませんからね!」
そう言うと、帆波はみずほに腕を強引に引っ張られ、ホールからを引きずり出された。

腕を引っ張り続けるみずほに、
「みずほ、どうしたの?何でそんなに怒ってるの?」
と帆波は聞いた。
みずほは、立ち止まり帆波を見ると、
「帆波!簡単に気を許しちゃダメだよ!アイツは優しい言葉で近付いてはヤル事やったら捨てるんだから!」
「あの人、誰なの?」
「はっ?知らないの?アレが宗田類よ!」
「え、あの人が・・・・」
帆波の想像とあまりにもかけ離れていて驚きが隠せない。
「もう近付いちゃ駄目だからね!」
みずほに言われたが、帆波には正直ピンと来なかった。

翌日、帆波がロッカーへ行くと類が居た。
「おはよう」
いつも通り類から声をかけられた。
「あ、昨日は、友達が失礼な事を言って、申しわけありません。」
帆波は類に頭を下げた。
「貴女が謝る事無いよ。昨日、貴女の友達が激オコだったから、シカトされるかと思った。」
「噂通りの被害にあっていたらお返事しませんが、聞いている噂とイメージが違いすぎてて、ピンと来ないんです。」
「その噂、別れを告げた腹いせに流されたデマなんだ。信じてもらえるか分からないけど。」
「腹いせ?デマ?ですか?」
「そう。その子と別れた次の日には、とんでもない事になってた。好きは嫌いの裏返し。ひどい目に合ってるよ。」
「訂正はしなかったんですか?」
「したとしても、女は噂話が大好きな上に、ここは女子大。暴走してるダンプカーを素手では止められないよ。」
「確かに…」
「信じてくれてありがとう。またね。」
そう言って類は去っていった。
(悪意で流されたデマで、生活が一変してしまう。苦しい毎日を送っているのだろうな。自分なら…耐えられない。)
類の背中を見送りながら、帆波は思った。

授業も何となく上の空で、全く頭には入らなかった。
「帆波、今日はどうしたの?」
みずほに声をかけられ、
「いや、別に。」
とだけ返答した。
「宗田類の事?あれから何か言ってきたの?」
「いや、別に。」
「何か言われても、着いていっちゃダメだよ!帆波の事はウチが守るからね!」
「ああ、うん。」
みずほに「あの噂はデマだよ」って言っても聞く耳持たないだろうな。みずほはダンプカー側だから。と帆波は思ったが、身に覚えの無いデマで後ろ指さされてる宗田さんの気持ちを考えると、みずほの言葉を穏やかには聞けなかった。

ある日ロッカーで、いつも通りに宗田さんが、
「おはよう」
と声をかけてきた。
「おはようございます」
帆波もいつも通りに答えた後、
「宗田さん、今日は何限までですか?」
と、聞いた。
「今日は4限までだよ。」
「その後ご予定有りますか?」
「いや、何も無いよ。どうしたの?」
「放課後、どこかでお話出来ませんか?」
「分かった。高山さんのお友達に見つからないように、裏門で待ってるよ。」
「ありがとうございます。では、後程。」
2人はそれぞれの教室へ向かった。

放課後、帆波はみずほを振り切って待ち合わせ場所へ急いだ。類の方が先に来ていた。
2人は、同じ大学の子が来ないであろうカフェに入った。

「で、聞きたい事は何かな?」
類からの問いかけに、
「デマを流した方とは、どんなきっかけでお付き合いされたんですか?」
「きっかけねぇ~。向こうからの猛アプローチだね。」
「猛アプローチですか。」
「うん、朝は駅で待ってて、一緒に登校。授業の席は必ず隣。ホールに行くのもいつも一緒。食べる物も同じ。そして、いつでもボディタッチは忘れない。」
「あら、積極的!」
「まぁ、その気になっちゃうよね。」
「で、お付き合いを始めた・・・」
「そう。はじめは良かったんだけど、だんだん束縛が強くなってきてね。」
「束縛ですか?」
「はじめは、「おはよう」と「おやすみ」の連絡は毎日。から、他の女の子とは話して欲しくない。休みの日には、必ず会いたい。会ってる間は携帯見ないで。自分からの連絡には5分以内で返信して。芸能人でも他の女の子の話はしないで。」
「うわぁ・・・」
「うん。呼吸するのがやっとだった。」
「で、お別れして今の状態ですね。」
「そう。付き合ってても別れても苦しみは続いてる。」
「だいぶ拗らせちゃってますね、その方。」
「そうだね。拗らせてる。」
「過去に浮気とかされたんですかね?」
「どうだろうね。でもやり過ぎだよ。気持ちは分からんでもないけど、誰でも逃げ出すよ。」
「逃げ出しても、地獄が待ってる・・・その方、まだ在学してるんですか?」
「まだ居るよ。それこそ相手を取っ替え引っ替え。」
「えっ!」
「ほら、拗らせてるから続かないんだよ。」
「あぁ。」
「だから、同じ学年の子は、流れてる噂はデマだって分かってもらえてきてる。少し楽になったよ。大学辞めたくなかったし。」
「辛かったですよね。私が想像出来ないくらい。」
「そうだね。まあ、でも、仕事に就いたらもっとキツいだろうから。」
「前向きなんですね。宗田さんって凄いです!」
「ふふ、ありがとう。」

それから、時々2人で会うことが増えた。
医療現場で何がしたいか熱く語る類と噂の類とは、別人だった。

そんなある日、

いつもの様にカフェで帆波と類が話していると、
「帆波!何やってるの!騙されるなって言ったでしょ!」
みずほが怒鳴りながら店に入ってきた。

「あんた!この子に何するつもり?私が許しませんよ!」
「みずほ、大きい声出さないで。それに、先輩に向かって「あんた」は失礼だよ。」
「帆波!こんなのに騙されちゃダメだって言ったでしょ!なのに何やってるの!帰るよ!」
「話してただけじゃない。私は帰らない。」
「な、あんた!帆波をどうたぶらかしたの?こんな事繰り返して、恥ずかしいと思わないの?女を食い物にして楽しむなんて、あんた狂ってるんじゃないの?」
「みずほ!今の発言はあまりにも失礼過ぎるよ!謝って!」
「帆波・・・、好きにすれば!」
みずほは店を出て行った。

「宗田さん、すみません不愉快な想いをさせてしまって。」
「あたしは平気だよ。それより追いかけなくて良いの?彼女、高山さんの事が好きだよ。あたしは良いから追いかけな。」
「いえ、私は宗田さんが好きです。だから追いかけません。」
「へ?今、何か言った?」
「私は宗田さんが好きですと言いました。」
「あ、たし・・・・・?」
「はい。ダメですか?」
「いやいや、ダメじゃ無いけど、悪評高いあたしだよ?」
「デマに左右されません。ブレないポリシーを持っている貴女が好きです。私じゃ嫌ですか?」
「・・・嫌じゃないよ。入学当初に一目惚れしたくらいだし。」
「え?」
「だから、ロッカーで声をかけた。」
「そうなんですね!一目惚れなんて、嬉しいです!」
「これから、よろしくね。」
「はい、よろしくお願いいたします。」

逆境も、時に大きなチャンスとなる。


                         おわり

























































































































































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