【小説】「 追葬 」七
「……まさか、彼女を助けたいなんて思ってないだろうね? キミは自分がどんな人間か、キミが一番よく知っているだろう」
シンゲツの双眸は本当に穢れを知っているのかと疑いたくなるほどに美しくて、鋭く、冷たい。
その目に射抜かれると、胸の深いところが音を立てて凍てつく気がするのだ。
「……冗談。あたしはそこまで景気のいい馬鹿じゃない」
ニコ、と弧を描く。
彼は暁生が「こちら側」から逃げることを、許そうとしない。
「あぁもう、あたしが悪かったよ。この話は終わり! ちょっとナイーブに当てられただけさ」
「この際だし、新しい友達でも作ってみたら?」
「友達ねぇ……」
家の鍵はたくさんあっても、本当の意味で友達と呼べる人は誰も思い浮かばなかった。
いつだって切られる側にいる暁生にとって、友達という平等で対等な関係を築くのは夢のまた夢のような話である。
先日まで通っていたバーは何処かの阿婆擦れのせいで通いにくくなったし、どこか新規開拓できないものかと考えた矢先、目の前に黒いカードが差し出された。
凹凸のある黒い高級紙に、金色のインクで
「abnormalオーナー 虚崎」と書かれている
「アブノーマル……? なにこれ、名刺?」
「最近知ったバーなんだけど、結構お気に入りでさ。その名の通り、ちょっと変わった人達が集まるバーなんだ」
「シンさんが言うってことは、筋金入りの変態がいるってワケか」
「……否定はしないでおくよ。ボクも同じフェチのコミュニティで教えてもらったんだ。一部のSNSや裏掲示板で話題になってるらしいよ」
生粋の髪フェチが言う掲示板や一部のSNSとは、その手の特殊な趣味嗜好を持った人間がひっそりと集う場所らしい。
少なくとも普通に生活していれば、一生触れることの無いディープなサイトだとかなんとか。
自分が異常だと理解しておきながら他者との繋がりや社会の輪を求めてしまうのは、人間本来の在り方なのだろうか。
暁生からすると傷を舐めあっているようにしか見えないコミュニティだが、確かに自身のマイノリティに悩まされ社会から隔絶されている人にとっては需要があるのかもしれない。
「意外だな、シンさんって同じ嗜好の仲間集めるタイプには見えないけど」
「ボクが欲しいのは、ボクの欲を満たすのに有益な情報だけさ。その点、同じフェチ同士のコミュニティはとても優秀だよ」
「ああ、安心した。そんな気がした」
シンゲツは暁生と全く別の理由で孤独を愛する。
しかし世のはぐれ者同士、同じ穴の狢であることに変わりは無い。
「でもあたし、人の髪に興味ないよ?」
「髪だけじゃないよ。このバーにはいろんな趣味嗜好を持つ人間が集まるんだ。オーナーの虚崎さん自身がヘマトフィリアで、特殊性癖を持つ人間同士が繋がる場所を作るためにオープンしたんだって」
聞き馴染みのない単語に暁生は顔をしかめる。
会った方が早い、とアプリでタクシーを手配しながら、シンゲツは繰り返した。
「彼女はヘマトフィリア。血液性愛者のことだよ」