直近の五つの動物倫理研究の報告:適応的選好、証言、同意、労働、モラル・ベジタリアニズム

最近、立て続けに動物倫理の研究を報告してきた(1日+4日連続発表、うち三つは共同研究)。本記事ではそれらの研究の関連性を話しつつ、私がどう研究報告を立て続けにできたきたのかを見てみたい(私もどうしてできたのかわかってない、だからこの記事を書いてる)。


五つの発表の概要

非ヒト動物の適応的選好

まず9/21にオンライン政治理論研究会にて「非ヒト動物は適応的選好を持てるのか:既存理論の批判的検討」を発表した。これは佐々木梨花さん(https://researchmap.jp/r.sasa)との共同研究である。発表内容としては、従来の適応的選好の議論は非ヒト動物について議論してなかったので、まず既存理論が非ヒト動物の適応的選好を適切に説明できるかどうか批判的に検討する、というものである。

発表内容自体は今年6月に開催された応用哲学会で発表した内容の半分である。そこでは、既存理論はうまくいかないので、新規な理論を提案した(この部分はほとんど佐々木さんの研究による)。内容のアイデア(既存理論批判部分)は今年1月に思いついていたようである。当時悩んでいたのは新規理論の提示ができないところだったのだが、佐々木さんの研究を知って「これだ!」ってなったので共同研究をお願いした。その後、応用哲学会に向けて今年4月くらいから始めたようである。

非ヒト動物と証言的不正義

二つ目は、9/26に"Testimonial Injustice and Nonhuman Animals"というタイトルで発表したものである。発表場所はUEHIRO Young Researcheres Programというところで、若手研究者育成プログラムみたいなものである。発表内容は、証言的不正義を非ヒト動物の状況に適用する、というものである。従来の認識的不正義研究で非ヒト動物はほとんど無視されてる。例外はPodosky (2018)と Lopez (2023)。Podosky (2018)は解釈的不正義を、Lopez (2023)は技能知(knowledge-how)を非ヒト動物が持っていることを指摘し、それに対する認識的不正義を論じてる。

Podosky, P. M. (2018). "Hermeneutical Injustice and Animal Ethics: Can Nonhuman Animals Suffer from Hermeneutical Injustice?" Journal of Animal Ethics, 8(2), 216–228.  https://doi.org/10.5406/janimalethics.8.2.0216
Lopez, A. (2023). "Nonhuman Animals and Epistemic Injustice," Journal of Ethics & Social Philosophy, 25, 136-163. https://doi.org/10.26556/jesp.v25i1.2201

証言的不正義を論じるにあたり、人が非ヒト動物に対して偏見を持ってることを示す必要がある。これは種差別の心理学を読む中で発見した。例えばCaviola et al. (2019)は、種差別尺度を提案して、人々が持つ非ヒト動物に対する種差別的態度の測定を試みている。

Caviola, L., Everett, J. A., & Faber, N. S. (2019). The moral standing of animals: Towards a psychology of speciesism. Journal of personality and social psychology, 116(6), 1011. https://doi.org/10.1037/pspp0000182

この発表自体は今年2月の北日本哲学研究会(北大と東北大の合同研究会)で発表したものをベースにしてる。日本語で論文を書いて一度rejectされてしまったので、もういっそ英語に書き直して投稿しようと思って、英語にしたものである。
発表のアイデア自体は去年12月に思いついた。それを北日本哲学研究会に間に合わせるように論文を読んでargumentを構成した。

非ヒト動物の同意・賛意・反意

三つ目は、9/27に「非ヒト動物は同意できるのか」というタイトルで、日本倫理学会のワークショップ「動物倫理の諸問題」で発表したものである。こちらの内容は、非ヒト動物の同意能力を巡る議論である。従来、非ヒト動物やヒトの子どもは賛意(assent)と反意(dissent)ができるとされてきた。これは小児研究倫理で主に使われてる概念だが、それが非ヒト動物もできるのではないかと議論されてる(Kantin & Wendler, 2015; Healey & Pepper, 2021)。私は、それらを超えて、非ヒト動物の一部は同意能力も持っているということ、持ってないとしても、賛意と反意も道徳的に重要だと論じてしまうと同意と実質的な差異がなくなると議論した。

Kantin, H., & Wendler, D. (2015). Is there a role for assent or dissent in animal research?. Cambridge Quarterly of Healthcare Ethics, 24(4), 459-472. https://doi.org/10.1017/S0963180115000110
Healey, R., & Pepper, A. (2021). Interspecies justice: Agency, self-determination, and assent. Philosophical Studies, 178, 1223-1243. https://doi.org/10.1007/s11098-020-01472-5

発表内容のアイデアは9月頭あたりに思いついた。同意について何か話したいというのは以前から考えており、内容のアイデアは、非ヒト動物の同意や行為者性に関する論文を読み進めて整理してる中で思いついた。

非ヒト動物の労働

四つ目の発表は、9/28に日本倫理学会で発表した「非ヒト動物にとって労働とは何か」である。こちらは榊原清玄さん(https://researchmap.jp/Oni_Peter)との共同研究である。発表内容は非ヒト動物の一部にとって労働とはどういうものであるかを、労働の条件を検討しながら議論する、というものである。上の研究同様、これまた倫理学や哲学における労働の議論でも非ヒト動物は無視されてきたので(ただし社会学方面では議論がある)、哲学的に真剣に労働について考えたらどうなるか、という感じで研究した。

今年4月頃に榊原さんが北大にいらっしゃって労働について発表していたのを聞いたときになんとなく思いつき、それを榊原さんに話したら「面白そう」となったので、では共同研究を始めましょうとなった。月1くらいでミーティングをしつつ、発表時期が迫ってきてからは隔週・毎週くらいの感覚でミーティングをして、進捗報告をしつつ内容をまとめた。

非ヒト動物を食べることの不正さ

五つ目の発表は、9/29に、これまた日本倫理学会で発表した「モラル・ベジタリアニズムと達成動詞としての畜産——浅野の論証の批判的検討—— 」というものである。こちらは石原諒太さん(https://researchmap.jp/ishi_ryou)との共同研究である。発表内容は、モラル・ベジタリアニズム、つまり、道徳的な理由でベジタリアン・ヴィーガンの実践をすべきかどうかということについて、浅野幸治さんの議論(浅野 2024)を検討しつつ、私たちがより魅力的と考えるアプローチを簡潔に提示する、というものである。既存研究で、工場畜産などの生産が不正だというのを前提としても、工場畜産などの生産物を消費することが不正だということは含意されず、またそう主張することは難しいと議論されている(生産-消費ギャップ問題)。主要な理由としては、因果的無効果という問題がある。これは、一人の消費行動が変わったところで生産活動に変化をもたらすことが因果的にできない(無効果)という問題と、他方で因果的影響以外の観点から議論すると反直観的な帰結が生じるという問題(超過証明問題)がある。浅野 (2024)はこれらの問題に対処しようとしている。私たちは、浅野さんの議論が失敗していることを論じ、私は帰結主義的議論を、石原さんは責任からの議論を提示して、生産-消費ギャップ問題を解決する方針を示した。

浅野幸治. (2024). 「菜食主義の因果的無効果問題と超過証明問題」. 『豊田工業大学ディスカッション・ペーパー』, 31, 55-77. https://doi.org/10.60327/ttidiscussionpaper.31.0_55

浅野 (2024)の論文が出る前からその原稿をいただいており、それに対してコメントをしていた。どうやら石原さんもコメントしていたらしく、今年3月に石原さんとお会いしたときにその話をして、そのコメントをちゃんと形にして発表した。共同研究をまとめ始めたのは9月頭からだったが、浅野さんからコメントを求められていたのはもっと前だったと思う(メールがあるはずなのだが見つからなかった)。

スケジュール

以上、五つの発表を直近2週間で行った。発表回数が異常である。なんでこんなことができるのか? まず五つの発表のスケジュールを改めて確認する。

  1. 適応的選好

    • それまで:適応的選好や自律性の論文をちらほら読む

    • 2024年1月:発表アイデア思いつく

    • 2024年4月:共同研究スタート

    • 2024年6月頭:応用哲学会で発表

    • 2024年9月21日:オンライン政治理論研究会で発表

  2. 証言的不正義

    • それまで:種差別の心理学文献を読む

    • 2023年12月:発表アイデア思いつく

    • 〜:認識的不正義の論文を読む

    • 2024年2月:北日本哲学会で発表

    • 2024年9月26日:UEHIROのプログラムで発表

  3. 同意

    • それまで:非ヒト動物の同意・行為者性に関する論文を読む

    • 2024年9月頭:発表アイデア思いつく

    • 2024年9月27日:日本倫理学会ワークショップで発表

  4. 労働

    • 2024年4月:発表アイデア思いつく&共同研究スタート

    • 〜:非ヒト動物の労働に関する文献を読む

    • 2024年7月:本格的に内容をまとめはじめる

    • 2024年9月28日:日本倫理学会で発表

  5. モラル・ベジタリアニズム

    • それまで:生産-消費ギャップ問題に関する文献を読む

    • 2024年1月頃?:浅野の論文にコメント

    • 2024年9月頭:共同研究スタート

    • 2024年9月29日:日本倫理学会で発表

こうしてみると、ほとんど同時並行で研究を進めていることがわかる。しかし特に忙しい時期が少しずれてる。適応的選好の忙しい時期は4月〜6月、証言的不正義は去年12月〜今年2月、同意は9月頭、労働は7月〜9月、モラル・ベジタリアニズムは1月のコメント時点になりそうだ。ずれてるとはいえ(ずれてるからこそ?)年中忙しくしてる。

もう一つ大事なことは、五つのうち三つは共同研究であるということだ。共同研究ではミーティングを定期的にするので、進捗を着実に生み出せる。他方で自分一人の研究は、やる気になったり、締め切り(同意の方では発表が締め切り)に追われたりして進めることになる。そのため、例えば証言的不正義の方では、2月に発表し、rejectが5-6月頃に通知され、それから放置していたのだが、9月頭に原稿提出となってから急ピッチで進めたりした。

各発表内容の関連性

次に、これらの研究の関連性を述べたい。まずすべて動物倫理の研究である。動物倫理学の勉強は、これらのすべての発表の基礎になっている。

次に各トピック間の関係性として、モラル・ベジタリアニズム以外の四つは強い関連性があると思っている。労働から始めよう。非ヒト動物の労働はほとんど強制労働だと思われる。なぜなら、「同意」を取ってないからである。

しかし本当に同意を取ってないと言えるのだろうか、あるいは賛意や反意はどうだろうか。同意や賛意をそもそもとれるのだろうか、どうやって非ヒト動物からそれを得ることができるのか。そもそも非ヒト動物は「声なき」存在であり、同意をとれる存在ではないのではないか。

そんなことはないはずである。それは非ヒト動物の証言や意志の伝達を無視した、認識的不正義、特に証言的不正義の一種である。私たちは、難しいながらも、非ヒト動物とコミュニケーションをとり、同意や賛意・反意をとることができるはずである。
もし、非ヒト動物は証言や意志の伝達ができ、同意や賛意がとれるとして、話を戻せば、労働は許容可能になるだろうか。労働する非ヒト動物たち、例えば警察犬や補助犬は、自ら望んで仕事をしているように見えることがある(すべての事例がそうでないにしても)。これは同意や賛意を取ってるのではないか。

いや、それは適応的選好を身につけているから、有効な同意・賛意ではないかもしれない。というのは、もし幼少期から選好を適応させられ、労働を選好するよう仕向けられていたとすれば、その適応的選好を元にした同意は有効な同意にはならないかもしれない。しかしそうであれば、非ヒト動物にとって何が問題のある適応的選好なのだろうか。

……と、このように発表内容は互いに密接に結びついてる。本来はどれか一つだけで終わる研究ではなく、互いに依存してるような研究内容である。だがさしあたり、各内容は独立に発表できる。それぞれ脚注で言及関係にあるような関係であって、完全に結びついてるわけではない。もちろん、博論や本を書くような長い文献であればまとめて論じる必要はあるだろう。だが一つの論文・発表の範囲内であれば、分離可能であるし、実際に分離して研究してる。

とはいえ、質疑応答の時間ではそうした話も出てくる。労働の発表のときには、当然、適応的選好や同意について質問されたし、適応的選好の発表の中では労働のケースを扱った。同意の議論の含意として労働の話や適応的選好の話もした。

また当然ながら、こうした議論は工場畜産の不正さを論じることにつながる。例えば労働の発表では、工場畜産下の非ヒト動物は寝ている時以外はずっと労働しており、労働環境として不正だと議論した。
こうした工場畜産の不正さは、消費の不正さを含意するだろうか? これがモラル・ベジタリアニズムの議論である。そのため、モラル・ベジタリアニズムがこれらのトピックと一切関係ないわけではない。距離が遠いだけである(近い方だと思うが)。


以上、五つの研究内容について、およびスケジュールや、各トピック間の関係を説明した。私が連続して発表できている謎は解決されないままであるが、私の研究実践の紹介が参考になるなら嬉しい。

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