Giveを習慣にすると良いこと

以前からたびたびこのnoteで書いていますが、今年から他者に「Give」をする回数を意図的に増やしていこうと考えていて、今、機会があるときにちょこちょこ行っています。
交友関係は限られているので、普段よく会う人たちへや災害への寄付のみに現状、なってしまっていますが。

僕は本当に昔は吝嗇な人間で、数百円のお菓子程度の軽いプレゼントを買うことすら躊躇したり、やっていなかったりしました。

こんな人間がなぜ「Give」を習慣にしていこうとしているかというと、その裏には実は、こんな狙いがあります。

どんな狙いかというとそれは……





「返ってこないことに慣れる」

こう聞くと、ネガティブな狙いに聞こえるかもしれません。
でも、自分の中ではネガティブではないのです。

最近もいろんな事件が起きていますが、その原因の一つに、
「Give and Take」
の精神が働いているからではないかな、と思いました。

お金でも何でも、

「与えたのだから何か(それと同等のものを)返してほしい」

という気持ち。

でも与えた相手からは期待されるほどの見返りはない。
するとGiveをした側は、それに対して恨みを募らせたり、焦ったり、怒ったりして関係が壊れてしまう。
最悪な場合は事件に発展してしまう。

そもそも僕は、関係性や状況にもよりますが、あまり「『Give and Take』が普通だ」と思わない方がいいんじゃないかなと思います。

「返報性の原理」という言葉をよく聞きますが、あれって、正直、いつも適用されるわけではないというか、適用されない場合が大多数じゃないかな、と。

与えても必ず返ってくるわけではありません。
というか返ってこない場合がほとんど。

実際はそうなのだから、「返ってきて欲しいけれど、別に返ってこなくてもいいからこの人にGiveしてみよ」くらいの気構えでいた方がいいと思います。

これはつまり、“良い意味で”人に期待しないということです。

Giveをして返ってこない経験をそれなりの数することで、この期待しない気持ちを養え、依存しやすい状態から脱することができると思っています。

変に期待しなければ、自分の身の丈に合わないGiveをしてしまうこともなくなるし、誰にGiveをするかも正確に見極められるようになるし、ある意味、ゲーム感覚でこれを楽しめるようになる。

それで、極稀にTakeすることができる。
そうなれば少なくともその日1日は、幸せに過ごすことができるじゃないですか。

Give慣れしておくって、意外と人の自立の道につながっていると僕は思います。

読んで頂き誠に有り難う御座います! 虐げられ、孤独に苦しむ皆様が少しでも救われればと思い、物語にその想いを込めております。よければ皆様の媒体でご紹介ください。