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京都・月ヶ瀬の梅氷(2024.8.15)
いつものことだけど、日中の河原町は暑くて暑くて、涼しいものが食べたくなったので、高島屋京都店5階の甘味処「月ヶ瀬」に行くことにした。
まだ13時過ぎとおやつ時ではないのに、もう5組ほど待っていた。20分ほど椅子に座ってのんびりしていると名前を呼ばれ、店内に通された。
私は京都の甘味処でおすすめを聞かれたら、迷わず「紫野和久傳」と、この「月ヶ瀬」を挙げる。どちらも素材の味の生きた丁寧な甘味を提供してくれるのだが、月ヶ瀬さんは特にあんみつが美味しい。かすかな甘さが涼やかな寒天、手のひらのやわらかさを思わせる求肥、なめらかながら質量感があり小豆の風味が立つこし餡、そしてそれらを邪魔しない絶妙な糖度の蜜。雑味なく嫌味なく洗練された上品な味。食べた人類は皆、あんみつの正解形を脊椎の奥底から思い出すと思う。
なので、ここに来たら、と迷わずあんみつを注文しようと思っていたが、メニューを開いたら目に入ってきた「月ヶ瀬梅氷」という表記にあんみつ以上に気を惹かれてしまってそれにした。
運ばれてきたものを見て驚いた。大きな青梅の実が白い氷山の一番上にどんと乗っていて、傾斜にはべっこう飴みたいな、透き通った綺麗な板状の何かが3枚貼り付けられていた。シンプルながらもなかなかインパクトがある。
梅の実をよけて、まず氷をすくう。氷は白く見えたけれど、よく見たら薄い薄いこがね色のシロップがかかっている。食べてみると、梅の甘酸っぱさが口いっぱいに広がり、青い香りがふっと鼻に抜けていった。ものすごくさわやかな味だった。普通のかき氷の後味にはシロップの甘ったるさが残っているけれど、それも全く無い。これはいいな、としゃくしゃく上機嫌で食べ進めた。
べっこう飴のようなものは、メニューの文言によると「のし梅」というらしく、スマホで調べたら、山形の銘菓みたいだった。寒天に梅を練り込み伸したものとのこと。食べてみると、ねっとりぺっとり、梅の味がすっごく濃いグミ!という感じだった。私のちょっとした秘密のひとつに、ピュレグミを舐めて平べったくするのが好き、というのがあるのだけど、梅味でそれをした時のことを思い出した。ちなみに梅のピュレグミがいちばん好き。
氷をすくってさわやかな梅の風味を感じながら、時々のし梅を噛んで濃縮された梅の味わいを堪能する。こうやって味と食感の緩急がつくようになってるんだなぁ、とシンプルながらも飽きさせないアイデアに感動しながら、最後に青梅の実を食べて、余すところなく完食した。
かなり完成度の高いかき氷で、大満足だった。数年前マールブランシュのモンブランかき氷を食べたときも洋風の華やかな見た目と味にこんなかき氷があったのかと衝撃を受けたが、この「月ヶ瀬梅氷」は昔ながらの涼やかなかき氷の形を守りつつ素材の味を最大限に引き出し洗練させているというところで、私の中では一番芸術的で美味しいかき氷だった。もちろんモンブランかき氷も絶対にもう一度食べると決意しているほど美味しいのだけれど。
家に帰って、美味しかったなぁと思い出しながら、自分が数あるメニューの中からかき氷を選ぶのがとても珍しいため、なぜ「月ヶ瀬梅氷」の表記にあんなに心惹かれたのか考えてみた。
思いあたったのは、子どもの頃のある年、地元の商店街のお祭りで食べた梅味のかき氷だった。
家から20分ほど自転車を漕いだところに、大きな商店街があり、毎年8月のはじめにお祭りをやっていた。通りの両脇の店が思い思いに出店をしていて、金魚すくい、ヨーヨーすくい、チョコバナナ、りんごあめ、やきそば、たこやき、かき氷、定番のものからその店の商品まで、いろんなものが長く長く並び、毎年人はぎっしり大賑わいだった。
父と母は、毎年欠かさず私と妹をそのお祭りに連れて行ってくれた。かわいい浴衣も着せて。「足を踏まれたら痛いから気をつけなさい」と言われながら親に手を繋がれ練り歩く夜は何もかもが特別で、いつもウキウキだった。親子連れがたくさんいて、みんな飲むか食べるか笑うかしていて、賑やかで、夜はやく寝なくていいし、いろんなものを食べられるし、私は一年の中でもこのお祭りの日は大好きな日だった。
私がお祭りの食べものの中で1番好きなのはかき氷で、当時炭酸が飲めることを誇っていた私はソーダになんとなく近いブルーハワイをいつも選び、その年も、ブルーハワイ味のかき氷を食べていた。
食べ終わったあと歩いていると、またかき氷屋さんがあり、そこは果物屋が出している店だったので、ラインナップが他の店と変わっていた。ペン字で書かれたメニューのその中に「うめ」があった。
母が、それを見て「これならママも食べたいな」と言って梅味のかき氷を買った。そして母は、くっついている私に「ママの好きな味。おいしいからたべてみて」と一口くれた。梅をまだ知らなかった私はその時初めて、母が「うめ」というのを好きなことと、「うめ」というのがとても美味しいことを知った。その後母は、私が美味しそうにしているのを見て「一緒に食べよう」と自分と交互に私の口にもかき氷を運んでくれた。私はすでにブルーハワイをひとつ食べたくせに、雛鳥のごとく与えられるがままに食べ、結局半分以上食べてしまった。
その梅味のかき氷が印象深くて、次の年お祭りに行ったときも食べようと探したが、探しても探してもそんなかき氷を出している店はなく、ついに食べられず仕舞いだった。
そんなことを、思い出した。あの日母にもらったかき氷が、私に「月ヶ瀬梅氷」を選ばせたのだった。懐かしく、少し切ない気持ちになった。母はいつも、私が美味しいというものは自分のものでも、惜しむどころか嬉しそうに、与えてくれていた。今も、そう。素っ気なく断ってしまうことも多くなったけれど。
私はきっとこれからも、梅味のかき氷には目がないのだろうと思います。
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