2016年11月22日

離れていても知らない人も同じ血が流れてなくてもピンチだったら手をかす必然を感じる
警報の音が世紀末を想起させる
三島由紀夫の言葉なのだが日本人は復興に強い それは民族性であり隣人に心配をかけられる我々の強さです
優しさは弱さではない 弱さが生んだ強い力なのだと思う
そして意図しない死は悲劇というより運命の殺人だと思う
ネットやテレビで津波の様子を見ながら平和祈っていても人は死ぬこともある
俺は思う 例えば一人の命のために一人の命が犠牲になることもある
父が子を守るための名だ
隣人が隣人をいたわるためそういうことが大事だ
俺たちはおこっていることの最小からの事実を知る必要があると思う
物事を大きく見るとどれも統計学の世界になる
俺たちは統計学の世界にいない 俺たちは毎日に生きてるそれは空から見ると双眼鏡でも見れないことだと思う
できることは毎日のささやかな暮らしを守るための強さと思いやりを全て この目で見るのもいい金はそういうことに使われるべきだ
私が応援している雨宮処凛さんの著作を読んでほしい最新刊はホームレスのための機関紙に連載していたときのもので
311以前以後の病んだ我が国の小さなでも大事なことが起きているということだ
例えば私の通っていた病院の担当医は福島に行ってしまった数々の患者を捨てても行ってしまったのだ
そういう正義もある 平和はこの世界に二度とやってこないというほど人のエゴや文明は進んでいる その影で苦しんでいる人がいる資本主義の犠牲者は日本にもたくさんいる 自殺者 乞食 離婚 行き場のない怒りを暴発してしまう人もいる
全てを包むのは相手の気持ちを思いやること全てはそこからだ
小さなことから始めたい 自分の物差しをちゃんと持ちたい
美しい日本で生まれた俺たちは尊い日常を
まただれかの犠牲で食っている
それが人間の業だが誰もが目をそらしている
でもだからと言って俺たちができることが小さいなんて思わないでほしい
強いていうなら俺の強さは何かのために闘うことができる
意味合いは違ってくるが三島由紀夫がいうところの「忠義」に近い考えだ
私はもっと物事を小さいところからだと思うのだが

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?