売り手オーナーが死亡した際のM&A諸論点
このような状況のせいか、残念ながら最近は次のようなご相談を受けることが増えました。
・会社のオーナーが亡くなり、ご遺族の方がM&Aの相談に来られる
・M&Aでお相手を見つけようと探していた途中で、オーナーが亡くなってしまう
・M&Aは無事に成約したけれども、そのあと元オーナーが亡くなってしまう
「事業承継」という性質上、M&Aの売り手のオーナーは高齢の方が多いです。昔から一定頻度で上記のようなことは起きていましたが、去年からやはり増えたような気がします。
今回はこのような状況で生じるM&Aに関する論点について、これまでの実務経験に基づいて紹介します。
少しでもお役に立てれば幸いです。
1.M&Aを見据えた相続時の留意点
相続発生時には、通常は亡くなった方の資産・負債を誰がどう引き継ぐのかをご遺族の方で話し合い、「遺産分割協議書」に残します。
例えば相続財産のうち、「土地は奥様、会社の株式は息子、現預金は娘が相続する」といった内容です。
相続した株式をM&Aで第三者に譲渡することを視野に入れている場合、まずはこの遺産分割協議書をしっかり作成しておくことが重要です。
というのも、M&Aの根幹となるのが「株主の真実性(誰が株主なのか)」です。遺産分割協議書が残っていないと、ご遺族の方の誰が株式を相続したのか、客観的には分かりません。
とある案件においては、M&A後のトラブルを回避するために、買い手から「M&A前に今の株主が息子であることを、相続人の間で明確にしてほしい」と求められました。
その際には、息子様が相続人全員から「株式は息子が全て相続したことをここに確認します(署名・捺印)」という内容の確認書を取得しました。が、なかなか大変だったようです。
ご遺族の方々の仲が良く、地理的にも皆様が近くにお住まいでしたらいいのですが、そうでない場合は手続が大変です。
例えば遺族の方とケンカして疎遠になっていたり、海外に住んでいたり、そもそも遺族の方も亡くなっていたり…。
また、このような文書を親族間で取得するのは、心情的なハードルもあると思います。相続後にこのような手続を改めて踏むのは、できるだけ避けたいところです。
そのため、相続時には「(相続人全員の署名捺印付きで)遺産分割協議に誰が株式を相続するのか明確に残しておく」ことが重要です。
2.遺産分割協議時の留意点
相続した株式をM&Aで譲渡する可能性がある場合には、ご遺族の方の間でM&Aで譲渡する可能性があることをきちんと認識した上で、遺産分割協議をすることが重要です。
通常、相続時には「相続税法」に従って株価の時価が計算されますが、M&Aではまた違った評価方法での評価となります。簡潔に言えば、相続時の時価よりもM&Aでの時価の方が大幅に高いことがほとんどです。
そのため、遺産分割協議の際には株式の時価が1億円と評価されていたものの、M&Aをしたら5億円で譲渡できたというようなことが往々にしてあります。そのような場合、株式を相続しなかった遺族の方に不満が生じ、せっかくM&Aでうまくいってもその後の関係がギクシャクしてしまうかもしれません。(基本的には、最終契約書に記載される金額は株主と買い手にしか分かりませんが)
ただし、お相手が見つからないリスクも当然あります。一般的にはM&Aの成約率は大手仲介会社で約50%、中小のブティックでは10%~20%と言われています。
そのため、M&Aで株式を譲渡することを視野に入れている場合には、「うまくいかくかどうかはやってみないと分からないけど、うまくいった場合は思っている以上で高額で譲渡できる可能性がある」ということを、遺族の間で認識した上で、遺産分割協議をしておくことが大切です。
3.死亡退職金は活用すべき
オーナーが亡くなり、ご遺族の方からよく寄せられる質問の1つに、「M&A前に死亡退職金は活用すべきでしょうか」というものがあります。
結論から言うと、活用すべきです。死亡退職金は税制面で大変優遇されており、M&Aの対価として受け取るよりも得です。
具体的には、死亡後3年以内に支給を確定した場合には相続税の課税対象となるので、所得税や住民税はかからず、源泉徴収も不要です。(所得税法9①十六、所得税基本通達9-17、相続税法3①二)
また、「法定相続人×5M」までは相続税も非課税となります。つまり遺族の方は税負担無しで受け取ることが可能です。例えば亡くなったオーナーに奥様とお子様3人がいた場合は、4人×5M=20Mまでは非課税で受け取ることができます。この非課税枠を超えて支給する場合、超過分が相続税の課税対象となります。
なお、死亡退職金は通常の退職金と同じように損金算入限度額までは損金算入できます。具体的な算出方法は、以前書いた「役員退職金の記事の第5章Q1」で紹介しています。
(参考)以下は非課税枠に関する国税庁の参考ページです。
4.弔慰金の支給もできる
死亡退職金と合わせて、弔慰金を支給することも可能です。弔慰金とは企業が従業員が亡くなった際に支給するもので、故人を弔うとともに、遺族の生活の支えにするものです。
この場合は、次の金額までは相続税が非課税となり、超える金額は退職金として相続税の課税対象となります。(相続税法3①二、相続税基本通達3-20)
①業務外の死亡の場合:報酬月額×6か月
②業務中の死亡の場合:報酬月額×3年分(36カ月)
なお、損金算入できるか否かは法人税法で明確な規定はありません。実務上は、上記の金額までは適正額として損金算入が認められていると考えられます。
5.遺産分割協議が終わっていなくてもM&Aは可能か
結論から言うと、「相続人全員の同意」があればM&Aは可能です。遺産分割協議が完了していない場合、相続財産は相続人全員で共有している状態となります。そのため「相続人全員の同意」を得た上で、相続人の代表者が最終契約書を締結することで、株式譲渡が可能です。逆に言うと1人でも反対する人がいると譲渡はできません。
たまにある勘違いとして、法定相続分に応じて各相続人が所有している、とういものです。
例えば100%株式を所有していたオーナーが死亡した場合に、奥様Aと子供B・子供Cがいたとします。AとBは株式譲渡に賛成、Cは反対。そのときは、AとBを合わせた法定相続分75%のみを譲渡して、Cの分(25%)は譲渡しなければいいのではないか。これはできません。
あくまで遺産分割協議が未了の場合は、100%株式を相続人3名全員で共有しているので、その譲渡には全員の同意が必要となります。
なお、遺言状がある場合には遺産分割協議よりも優先されるので、まずは遺言状が無いかしっかり確認しましょう。
6.それでも、なんとか賛成している相続人の分だけでも譲渡できないか?
調べていたところ、2020年7月号のMARRに興味深い記事が掲載されていたので紹介しておきます。(TMI総合法律事務所 葉玉弁護士)
この手法を使えば、株式は買い手とCの共有状態になるものの、議決権の行使は買い手が自由にすることができる、というものです。
① AとBが買い手に対して共有株式の4分の3の持分権を売却する(持分権の売却には、Cの同意は不要である)
② 買い手は、Cに対して、共有株式について、権利行使者指定のための協議を申込み、持分の過半数の賛成で、買い手を権利行使者に指定する(Cが協議に欠席しても過半数の賛成があれば指定は有効である)。
という方法を採れば、買い手は、共有株式の議決権をすべて行使することができるようになり、対象会社の支配権を得ることができる。
さらに、その後に次の手法を用いれば、買い手とCの共有状態を解消したり、共有状態の株式をキャッシュアウトすることもできます。
買い手がCの持分をキャッシュアウトしたい場合には、Cに対し共有物分割の訴え(買い手は相続人ではないので、遺産分割調停ではなく、相続財産の範囲の有無にかかわらず、申立て可能)を提起して共有状態を解消し、買い手とCの個別保有にした上でキャッシュアウトすることも考えられる。
また、より簡易な方法としては、買い手が権利行使者として全議決権を有していることを利用して、対象会社において株主総会を開催し、①種類株式を買い手に割り当てる、②既存株式を全部取得条項付種類株式化して既存株式をキャッシュアウトするという決議を行うという方法も考えられる。
実際どこまでやるかという話はさておき、このような手法があるというのは大変参考になります。
なお、これらの手法は(当然に)Cとの関係を悪化させるものでしょうし、全ての手続を買い手の責任で弁護士に依頼して行う点は留意が必要です。
個人的には、このような手法の存在を認識しておくことで、まずはAとBがCを説得するときの材料として活用するのがいいのではないかと思います。
7.支払った相続税は株式の取得費に加算できる
M&Aで株式を譲渡した際に、それが相続発生時から3年10ヶ月以内であれば、その株式について払った相続税を取得費に加算できます。
(例)
譲渡価額100M、取得価額20M(オーナーの取得価額を引き継ぎます)、株式について払った相続税10Mのとき
株式譲渡所得 = 100M - (20M + 10M) = 75M となり、
この75Mに税率約20%をかけて税金を算出します。
なお、株式について払った相続税というのは、相続税全体から株式分を計算した金額です。
例えば相続した財産が株式60Mと預金90Mで、払った相続税がトータル25Mのとき(債務控除はなし)。
株式分は、「25M×(60M÷150M)」の10Mとなります。
(補足)
なお、概算取得費(取得価額が不明のときに「譲渡価額×5%」とする制度)を使う場合にも、この相続税を加算することが可能です。
(参考)国税庁HP
8.株式譲渡の確定申告時に相続税がまだ確定していないときは、あとから還付請求が可能
株式譲渡に関する所得税の申告納付が、相続税の申告納付より先に来てしまった場合は、上記8の制度を使いたくても、まだ相続税の金額が確定していないので使えません。
そんなときは、一旦この制度を使わずに所得税を申告しておいて、のちに相続税が確定してから更正の請求することで、税金を還付してもらうことができます。
例えば10月に相続発生、12月に株式譲渡したような場合、相続税の申告納付期限は相続から10か月後の翌年8月ですが、所得税の申告納税期限は翌年3月15日です。
相続税の計算が終わらないうちに3月15日を迎えてしまった場合は、上記のように後から還付請求しましょう。
9.自己株買いの税負担が約20%に
相続から3年10カ月以内に使えるもう1つの制度として、「自己株買いが株式譲渡所得になる」というものがあります。
自己株買いとは「株式をその会社自身に買い取ってもらう」ことです。
このとき株主は、税務上は配当を受けたものとして税金計算します。配当所得は累進課税なので、金額が増えれば増えるほど税率も上がっていきます。具体的には、配当所得が18Mを超えると税率は約50%近くになってきます。なので、個人株主の場合はほとんど自己株買いは使いません。
相続から3年10カ月以内であれば、この自己株買いが株式譲渡所得扱いになります。つまり自己株買いをしても税負担が約20%で済むのです。
これは相続した株式の価値が高すぎて、相続税を払う資金が無い相続人を助けるための制度です。通常、なかなか非上場株式を換金する機会はありません。やむを得ず自己株買いで株式を譲渡するときに、税負担を軽くしてあげようという趣旨の制度です。
そのため、相続税をそもそも納付していない場合には、この特例を使うことができないので注意が必要です。
ちなみに、この自己株買いの際にも、上記8の取得費加算の制度を使うことはできます。
また、自己株買いは分配可能額の範囲内で実施する必要があるので、注意が必要です。
(参考)国税庁HP
10.まとめ
オーナーが亡くなった際は、ショックでなかなか次の行動に移しづらいかもしれません。ただ、会社の株式を相続したということは、同時に会社や従業員を守っていく義務も受け継いでいるはずです。
ご自身が事業を承継するにしても、第三者に承継するにしても、まずは身近にいる頼れる専門家に話してみることをおススメします。
もし何かお悩みの際には、コメントあるいはTwitterのDMにてお気軽にご質問ください。
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