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M&Aにおける事業譲渡の活用方法~メリット・デメリットを徹底比較~

昔はM&Aの9割が株式譲渡でした。しかし、H29税制改正で会社分割の使い勝手が良くなったり、最近増えている小規模会社のM&Aでは半分は事業譲渡で行われていたりと、今では様々なスキームが活用されています。

今回はM&Aスキームの中でも、事業譲渡にスポットライトを当てました。

特に買い手にとってメリットが大きい手法です。一方で売り手にとっては株式譲渡と比べて税負担が重いものの、独特なメリットがあります。

事業譲渡を検討されている方のお役に立てれば幸いです。

~この記事に関して~

・この記事は、年間1000件以上の質問・相談に対応する筆者の豊富な実務経験と、これまで長年に渡り調べてきた各種書籍・参考書の情報を、「事業譲渡」に焦点を当てて ” 見える化 ” したノウハウの結集です。
・詳細な情報が詰まっているため、辞書代わりとしてもご利用頂けます。
・「Ctrl + F 」で気になるキーワードを検索してみてください。きっと事業譲渡について調べたい情報が見つかるはずです。
・もし知りたい情報が載っていなかった場合は、「当記事のコメント」あるいは「Twitterのメッセージ」にて優しくお知らせください。できるだけ調べて追記していきます!


1.事業譲渡の主な活用場面

筆者の経験上、事業譲渡の主な活用場面は次のようなケースです。

①複数事業を運営していて、そのうちの一部事業を譲渡する場合(特に譲渡事業に許認可が無い場合)

小規模の会社のM&A(従業員数名、売上50M未満、外部との契約関係が少ないような会社の場合は、事業譲渡が活用されることが多いです)

③BSの大部分を現金や投資項目が占めるような会社の場合(買い手の手出抑制)

税務リスクや法務リスクを遮断したい場合

⑤債務超過などの再生案件で、事業だけ譲渡して会社を清算する場合

 逆に事業譲渡が適さない例としては、譲渡資産に大規模な不動産があるケース、個人株主が直接対価を受け取りたいケース、譲渡事業が許認可を有していて引継ぎに多大な労力とコストがかかるケース、対象会社の契約関係が複雑で事業譲渡後の契約再締結が現実的に不可能なケース、などが挙げられます。

2.買い手のメリット💮



事業譲渡は特に買い手に多くのメリットがある手法です。
特にリスクの遮断という観点からは、M&A手法としては最も優れています。そのため専門家の中には、事業譲渡が使える場面では常に事業譲渡を提案する人もいるくらいです。
まずは買い手のメリットから見ていきましょう。


①様々なリスクを遮断できる(税務リスク、法務リスク、労務リスクなど)

 株式譲渡とは異なり、事業譲渡は「事業に必要な資産、負債、契約等のみ」を買い手が引き受ける行為です。そのため対象会社で過去に行った行為に関する税務リスクや法務リスクなどは、基本的に遮断することができます。対象会社は売り手が保有したまま残るためです。

 例えば過去に脱税に近い行為をやっていて将来税務調査が入ると追徴課税のリスクが高い、係争中の裁判があり敗訴した際には多額の賠償金の負担が生じる可能性がある、何か法律違反の懸念がある行為をしているが潜在的なリスクが測りきれない、潜在的な未払残業代が多額にありそう、などというケースです。

 もちろん最終契約書において特別補償をすることで、将来上記のリスクが顕在化して負担が生じた場合には売り手に損害賠償できるように設計し、株式譲渡で取得することも可能です。

 ただしその場合は売り手に損害賠償を請求する必要がある点(実際には裁判まで至らず話し合いで決着するケースがほとんど)、将来においても売り手側で十分な資金を確保しているか不明な点、通常は特別補償に期間制限が設けられる点から、買い手の立場からするとやや不安が残ります。


②営業権の計上により節税効果が得られる

 事業譲渡では営業権(税務上の資産調整勘定)を計上することができ、節税になります。ざっくりいうと、例えば譲渡資産が棚卸資産10M、固定資産20Mの合計30Mで支払対価が100Mの場合は、買い手のBSで差額の70Mが営業権として計上されます。
 この営業権は60カ月で損金算入していくので、1年で14Mを損金算入できます。法人税率を34%とすると、14M×34%=4.7Mの節税効果となります。5年トータルで約24Mです。
 そのため、買い手はM&Aの時点では100Mを支払うものの、実質的な負担は76Mといえます。

 もちろん、”節税効果”なので、そもそも買い手側で利益が出ないと節税も何もありません。MA後の買い手の利益が、年間の営業権の償却費(上記でいう14M)くらい発生しそうかどうか、確認しましょう。
 なお、仮に営業権の償却費が多額すぎて最終的に赤字になったとしても、その赤字は繰越欠損金として10年間は繰り越せます。そのため買い手としては、その後10年間の利益で繰越欠損金が使いきれそうなのであれば、節税効果を享受できると考えて大丈夫です。


③手出しを抑制できる(事業に必要なものだけを買える)

 事業譲渡は通常、事業に「最低限」必要な資産等のみを引き受けます。そのため財務優良で現預金や売上債権が多額に存在する会社を買う場合、事業譲渡にすれば買い手の支払対価は大幅に減少します。

 例えば現金50M、売上債権20M、事業用資産30M、負債20M、純資産80Mの会社を株価100Mで買うとします。のれんは20Mです。事業譲渡にすれば、支払対価は50Mで済みます。買い手が必要なのは事業用資産30Mだけなので、のれんの20Mと合わせて50Mを払うのです。現金、売上債権、負債はもはや現金同等物なので、売り手の会社に残していきます。

 このように手出しを抑制することで、買い手側の社内稟議も通りやすく、買収に必要な資金調達コストを抑えることができます


④DD費用やアドバイザーへの手数料を損金算入できる

 株式譲渡の場合、これらの費用は株式の取得原価に含まれるため、税務上損金算入することはできません。
 一方で事業譲渡においては、個別資産や資産調整勘定の取得原価に含めるべき明確な規定が無いことから、損金算入できると考えられます。

※参考 国税庁の質疑応答事例で合併の際のDD費用の取扱いが記載されており、そこでは損金算入することが明示されています。

デューディリジェンス費用は、被合併法人の事業内容や権利義務関係の把握などを内容とする業務委託に要する費用であり、本件合併により移転を受ける個々の減価償却資産を事業の用に供するために直接要した費用には該当しないと考えられます

この考え方に基づけば、事業譲渡においても損金算入できると考えられます。

※一方で、これらの費用を「事業譲渡で引き受ける資産(営業権を含む)を取得するのに直接要した費用」であると考え、資産の時価で按分して取得原価に計上すべきとする説もあります。
 この場合、在庫や固定資産に配賦した費用はその後の管理が大変煩雑になるでしょう。なので実務的には、これらの費用を全額営業権に計上して、60カ月で償却していくという方法を取られるケースも見受けられます。


⑤引き受けた固定資産を早期に償却できる

 買い手は固定資産を時価で取得するので、中古資産の取得と同じ扱いとなります。つまり耐用年数について中古資産の見積耐用年数を使えるので、早期に償却ができます


 また、引き受けた固定資産の取得原価が10万円未満なら少額固定資産としてその期に全額損金処理、20万円未満なら一括償却資産として3年で均等に損金処理できます。さらに、買い手が中小企業者等の場合は、少額減価償却資産の特例を活用でき、取得価額が30万円未満なら年間合計300万円まではその期に全額損金処理できます。


 そのため対象会社の機械や備品の償却が進み、簿価10万円未満の資産が多い場合は、一括で多額の償却費を計上した結果、思わぬ節税効果が受けられることもあります。


⑥第二次納税義務を負わないため税務DDが不要

①とも重複しますが、事業譲渡の場合は対象会社の過去の税務申告に関するリスクは全て遮断可能(※)です。つまり税務DDをそもそも実施する必要はありません
そのため、過去に脱税に近い行為をしていて税務リスクが高い会社を買収するときには、事業譲渡が使われるケースが多いです。

(※)同族会社等の特殊関係者に対する事業譲渡(徴収法38、地方11の7)や、無償または著しい定額による事業譲渡(徴収法39、地方11の8)を除く。

3.買い手の留意点⚠️


かなりメリットの多い事業譲渡ですが、留意点もたくさんあります。
これらをチェックして問題が無ければ、事業譲渡を活用できる可能性がグンと上がります。実務上は①②がネックになることが多いので要注意です。
なお、①~⑤は必ず検討すべき項目、⑥以降は付随論点という位置づけです。

①許認可の引継ぎ

 事業譲渡はその事業を買い手の会社が引き受ける行為です。そのため事業運営に許認可が必要な場合は、買い手が取り直す必要があります。
 許認可を取得できるタイミングは許認可によってまちまちです。例えば調剤薬局や訪問介護などは毎月「1日」に許可が降りますし、建設業や宅建業などは申請~取得まで2~3カ月を要します。
 許認可を取得できるタイミングを予め把握し、事業に空白期間が生じないよう工夫する必要があります。
 また製薬業等は医薬品ごとに許可を有しており、事業譲渡ではその許可は改めて取り直しとなります。このような場合には、許可の再取得コストも意識する必要があります。

②契約等の剥落リスク

 事業に係る外部との契約は全て巻き直しになります。売り手との契約だったものが、全て買い手との契約になります。例えば仕入先との取引基本契約やオフィスの賃貸借契約、従業員との雇用契約などです。
 このまき直しのときに、改めて契約の相手方から条件交渉が入ったり、そもそも再締結を断られる可能性があります。
 買い手としては、重要な契約先と継続して取引ができそうか、予めできる限り調べておく必要があります。

③従業員の引継ぎとPMI

 売り手の従業員は、売り手の会社を退職して買い手に入社する扱いとなります。つまり事業譲渡の場合は、従業員が個別に承諾した上で転籍することになるため、そもそも断られた場合は売り手の会社に残ることになります。そのため思ったように従業員が引継できない可能性があります。
 また、買い手が引き継いだ後はPMIが重要です。引き受けた事業自体を買い手の組織図上どのようなポジショニングとするのか、各従業員を社内階級上どこに当てはめていくのか、就業規則などの規定をどうフィットさせていくのかなど、従業員の精神面にも配慮しながらPMIを遂行していく必要があります。

④不動産の流通税が多額になる可能性

 譲渡資産に不動産が含まれる場合、買い手は登録免許税と不動産取得税を支払います。不動産の規模が大きい時には、これらの流通税だけで相当な額になりますので、予め考慮した上で最終条件を決めましょう。

【不動産取得税】
建物:固定資産税評価額 × 4%(住宅以外の場合)
土地:固定資産税評価額 × 3%(宅地は1/2×3%…2024年3月末まで)

【登録免許税】
建物:固定資産税評価額 × 2%
土地:固定資産税評価額 × 2%(売買の場合は1.5%…2023年3月末まで
※相続による取得や住宅の場合などに別途軽減措置あり。

例えば固定資産税評価額が1億円の不動産(50Mの建物と50Mの土地とします)を取得した場合、550万円の流通税がかかります。
不動産取得税:5千万×4%+5千万×3%   =350万円
 登録免許税:5千万×2%+5千万×2% =200万円 合計550万円

なお、事業譲渡の場合には通常の売買と異なり、土地の登録免許税に軽減税率が使えず、本則の2%になります。
そのため土地だけは通常の売買取引で移転させることも検討すべきです。(実務目線からみた事業承継の実務p101)


⑤(事業譲渡後に売り手が債務超過になる場合)詐害行為に基づく請求リスク

 売り手が事業譲渡後に債務超過になるような場合、売り手の債権者を保護する趣旨から特別な請求権が認められています。もし事業譲渡後に、売り手の倒産などにより自分の債権が回収できなかった場合、彼らは買い手に対して直接請求することができるのです(会社法23条の2・759条条4項など)。
 これは事業譲渡により優良な資産や事業のみが第三者に移転されると、元の会社の債権者が無防備に著しく害されてしまうため、それを保護するものです。

 具体的には、
①事業譲渡が債権者を害すること(※1)
②承継会社(買い手)が債権者を害することを知っていたこと
③債権者が事業譲渡を知ってから2年以内もしくは効力発生から20年以内 上記の要件を満たした場合に、売り手の債権者が買い手に対して直接請求することが認められました。
 なお、買い手への請求は事業譲渡で譲渡した資産の時価総額が上限とされています。事業譲渡の対価ではない点に留意です。
 

 実務上の対策としては、事業譲渡の契約書において、「譲渡対価で直ちに売り手の債務を弁済すること」を規定することが挙げられます。もしすぐには全ての債務を弁済できない場合には、その債権者からは事前に事業譲渡に関する承諾を取っておく、などの工夫が望まれます。

 なお、再生案件で支援協が入っているような場合には、再生計画の一環として事業譲渡が行われます。その再生計画は銀行の承諾を得ることから、その際にはまずは仕入先などの一般債権者に対して優先して弁済していきます。
 
(※1)債権者を害することとして、一般的には事業譲渡後に債務超過になることが該当すると考えられています。そのため簿価上は債務超過にならなくても、実態として債務超過になるような場合(=時価純資産がマイナスの場合)も含まれると考えられます。


~ここから先は、留意点というより「付随論点」の位置づけです~

⑥(事業譲渡の効力発生日が月末の場合)社会保険料は買い手が1か月分負担となる

 事業譲渡の効力発生が月末の場合、売り手の従業員は月末に買い手に入社します。
 ここで、社会保険料はその月末時点で在籍する会社がその月の分を全額払うことになっているので、買い手が丸一ケ月分の社会保険料を納めなくてはいけません。
 そのため、「社会保険料に関しては日割で精算すること」を予め売り手と約束しておき、買い手としては1日分のみ負担するようにきちんと調整しておきましょう。もしくは、事業譲渡の効力発生日を月初にしておけばちょうどその月から従業員が買い手に入社することになるので、この論点は発生しません。
 会計税務的にも、月初を効力発生日にすることで月末1日だけの仕訳を切らなくて済みます。
 これらの実務負担の観点からは、月初での効力発生がおススメです。

⑦(全部の事業を譲り受ける場合)20日前までに株主への通知が必要

 買い手が売り手の全部の事業を譲り受ける場合は、たとえ簡易の要件(支払う対価が買い手の純資産の1/5以下)を満たしていても、20日前までに株主への通知が必要となります。全部の事業の譲受とは、売り手側に事業譲渡後に何も事業が残らないような場合を指します。
 なお、一定数(定款で定めが無ければ議決権の1/6:会社法施行規則138条)の反対があった場合には、株主総会の特別決議が必要となります。

⑧買い手が支払う固定資産税相当額は損金算入不可

 こちらはかなりマニアックな論点です。
 譲渡対象資産に固定資産が含まれている場合は、固定資産税について精算することがあります。売り手が既に払った固定資産税のうち、譲渡日以降の期間については買い手が負担するべきなので、買い手から売り手にその分を支払うのです。

 この際に支払った金額は、実際に固定資産税を払ったのではなく、「固定資産税の相当額」を期間分の精算として払ったにすぎません。そのため、通常の固定資産税のように損金に算入することはできず、固定資産の取得原価に含まれます。


⑨事業譲渡に係る消費税について、十分に仕入税額控除が認識できない可能性

 買い手の課税売上割合が小さいときには、課税売上に対応する部分しか控除できないため、事業譲渡で払った消費税について十分に控除できない可能性があります。
 通常はこの点がネックになってスキームを変更することはまずありませんが、あまりにも影響が大きい場合には会社分割に切り替えることが考えられます。

⑩事業譲渡契約書には印紙が必要

事業譲渡契約書は印紙税の課税文書(1号文書)です。
そのため記載された金額に応じて印紙税がかかります。

通常はそこまで大きな金額にはなりません。
自分は「1億円で10万円」と記憶しています。
※最新の税額表は国税庁HPを参照ください。

負担は基本的に売り買い折半です。
契約時の効力に影響を与えるものではないため、締結後に各自それぞれ貼付するのでも問題ありません。また消印も実印である必要はありません。


4.売り手のメリット💮


 事業譲渡は、株式譲渡(税負担約20%)と比べて法人税の課税(約34%)が重いことから、そのデメリットがよく着目されがちです。
 しかし、売り手にとっても事業譲渡固有のメリットが何点かあるので、場合によっては売り手にとっても事業譲渡が最適なケースが存在します。

①株主に問題があってもM&Aができる

 意外と着目されていない大きなメリットとして、株主の問題を回避できる点があります。通常の株式譲渡においては、株主が自分の持っている株式を買い手に譲渡します。そのため、例えば譲渡に反対しそうな株主がいたり、一部の株主と連絡がつかなかったり、そもそも誰が株主か分からない不明株式があるようなケースでは、100%の株式譲渡は原則できません。買い手は基本的に100%の株式取得を望むので、このような場合は株式譲渡でM&Aを実行することは非常に難しいでしょう。

 ここで事業譲渡の出番です。通常の事業譲渡は株主総会の特別決議で決議できます。特別決議の要件は、「議決権ベースで過半数の株主が出席」+「出席した株主の2/3以上の賛成」です。一部の株主に問題があっても、議決権で過半数の株主の同意さえ取れていれば実行できるのです。
 また、簡易事業譲渡(譲渡資産の簿価合計が対象会社の総資産簿価の1/5以下※)に該当すれば、取締役会の決議で実行ができます。

 実務上は、譲渡対象資産を事業で必要最低限な資産に限定することで簡易事業譲渡に該当させ、取締役会の決定で実行することが多いです。

②今の会社で別の事業ができる

 事業譲渡で買い手に事業だけを譲渡するので、今の会社で別の事業をすることができます(もちろん通常は競業避止義務があるので、それに違反しない事業となります)。
 現預金などが蓄積されている場合はそれを元手に新規事業を起こしたり、もう事業には興味がない場合には自分の一族の資産管理会社として投資を楽しむこともできます。
 また一定の要件を満たすことで事業承継税制を使うことができ、その会社の株式を自分の子供に相続税・贈与税の負担なく承継させることもできます。


③買い換えの圧縮記帳の特例を使えるチャンスがある

 10年以上保有していた土地建物などを事業譲渡で譲渡した場合で、同じ事業年度内で別の土地建物を買い換えたときには、一定金額を圧縮損として計上できます。
 建物などの減価償却資産は長期的にはほぼ全額を減価償却で損金算入できますが、土地に関しては通常なかなか損金算入する機会は無いので、その点が大きなメリットといえます。
 ただし、使用の用途や面積に関して制限があるので、適用できるかどうかは国税庁のHPを参考によく確認しましょう。

 【損金算入額の計算例】
既存の土地(取得価額60M、時価100M)を譲渡して、新たに80Mの土地を購入した場合 ➡以下の計算から25.6Mを損金算入することができます。

圧縮限度額=圧縮基礎取得価額×差益割合×80%
     =80M×0.4×80%
     =25.6M

圧縮基礎取得価額:買換資産の取得価額(80M)と譲渡資産の譲渡対価(100M)のうち少ない金額…80M
差益割合:(譲渡対価ー譲渡資産簿価ー譲渡経費)/譲渡対価=(100M-60M)/100M=0.4
(計算式は国税庁のHP参考)


④アドバイザーへの手数料を損金算入できる

 細かい論点ですが、事業譲渡の場合は対象会社が払う仲介会社やアドバイザーへの手数料は損金算入できます。例えば事業譲渡益が30M発生しても、アドバイザーへの手数料が20Mの場合は、差し引きの10Mに対してのみ法人税がかかります。
 また、消費税法上、手数料の消費税は、課税事業者であれば課税売上と非課税売上に共通して要するものとして、仕入税額控除の対象になることが多いです。


⑤(会社清算が可能な場合)特例欠損金を活用できる

 実質債務超過であるものの繰越欠損金が無いような会社では、事業譲渡をすると利益が出るので税金を払わなくてはいけません。しかし仕入先や銀行への債務を弁済していくと手元に現金が十分に残らないようなケースがあります。
 このようなケースでは、会社を解散した翌日以降に事業譲渡をすることで、特例欠損金を活用できます。(法人税法59条3項)
 これは期限切れ欠損金とも呼ばれるもので、別表五(一)期首現在利益積立金額からその期に控除された青色欠損金額を差し引いた金額になります。
 効果としてはざっくり言うと、現在の債務超過の額までは繰越欠損金と同じように事業譲渡益と相殺することができます。
 会社を精算することが前提となりますが、再生案件で繰越欠損金が無いようなケースでよく使われます。

5.売り手の留意点⚠️


続いて売り手にとっての留意点です。
そこまで多くはないのですが、実務上は①の事業譲渡益の税負担が最も気になるポイントです。

①事業譲渡益の税負担が重い(約34%)

 株式譲渡の約20%の税負担と比べると、事業譲渡は事業譲渡益に対して法人税等で約34%の税負担となり、やや重いです。
 そのため、予めこの税負担を加味した上で、納得できる手残りとなるような条件(事業譲渡の対価)で買い手と交渉することが基本スタンスとなってきます。
 買い手としては、事業譲渡益と同額が営業権として計上され、5年をかけて損金算入できます(買い手のメリット②)。そのためトータルで考えれば、別に買い手にとって不利な話ではありません。
 なお、少しでも事業譲渡益を抑制するテクニックとしては、例えば上記の買い換えの圧縮記帳の特例の活用(売り手のメリット③)、役員退職金の支給、繰越欠損金(ある場合)の活用、などが考えられます。

②過去に受け取った補助金を返還しなくてはいけない可能性がある

 メーカーなど設備を所有している会社は、国などから補助金を受け取って設備投資をしていることがあります。その補助金の中には、所有者が変更するなどの一定の要件に該当した場合に、補助金の一部を返還することが定められているものがあります。
 事業譲渡で建物や機械を譲渡したときにこれに該当すると、売り手側で思わぬ負担が生じてしまいます。予め入念に調べておきましょう。




③従業員の転籍について、厚生労働省の指針に従う必要がある


 会社分割の場合、譲渡する事業に従事する従業員は、分割契約書および労働契約承継法に従い包括的に承継されます。
 一方で事業譲渡の場合は、「従業員の個別の同意」によって転籍されます。つまり悪い言い方をすると、転籍させる従業員を恣意的に選ぶことができ、さらにそれを保護する法律が存在していません。
 そのため、事業譲渡における従業員を保護する観点から、厚生労働省から次の指針が出ています。
 実務上はこの指針に従って、従業員の転籍を進めていきます。
事業譲渡または合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針(H28.9.1)」


④譲渡資産に土地が含まれると、その期の消費税に関して不利になる可能性がある

 事業譲渡の譲渡資産に土地が含まれる場合、非課税売上が増加するため、課税売上割合が減少し、その期に支払った消費税に関して十分に仕入税額控除を認識できない可能性が生じます。
 「その期にたまたま行った土地の売却」で消費税が増えるのは少し納得がいきません。そのため、このように著しく課税売上割合が減少した場合には、「消費税課税売上割合に準ずる割合の適用承認申請書」を税務署に提出します。これは過去の一定の課税売上割合で消費税を計算することを認めてもらうものです。ただし、承認されるまでに2~3カ月程度かかるので、なるべく早めに提出しましょう。
 なお、どうしてもこの点がネックになる場合は、スキームを事業譲渡から会社分割に切り替えることも一案です。

⑤事業譲渡契約書には印紙が必要

買い手の留意点に記載した内容と同じですが、売り手も事業譲渡契約書の印紙税を負担します。


6.まとめ

 事業譲渡は多くのメリットがある一方で留意点もたくさんあるので、実行する際にはM&Aに詳しいアドバイザーに相談することをおススメします。

 もし何かお悩みの際には、コメントあるいはTwitterのDMにてお気軽にご質問ください。

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