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映画『くれなずめ』〜説明しない清々しさ〜


一度延期されるも無事に公開された映画『くれなずめ』。
鼻息も荒く小さな映画館に駆け込んできた。

映画版バイプレイヤーズ等で知られる鬼才・松居大悟監督が、自身が主宰する劇団ゴジゲンのヒット作を自ら映画化したものだ。

松居監督作品は全くの初見だったが、キャスト陣が大好きな俳優ばかりだったことに加え、予告から木更津キャッツアイを彷彿とさせるおバカで泣ける青春群像劇だと予想し、楽しみにしていた。

はじめは、ギャハハハ、という男子達の下品な悪ノリに少し面食らう。が、あまりにも楽しそうなのでだんだん猛烈に羨ましくなっていく。
そのうちにあっちへこっちへと振り回されて心がぐちゃぐちゃになり、ハッと気づいた時には涙が流れている、不思議な映画体験をした。

特に印象に残ったのは、独創的な脚本だ。
あえて説明しない清々しさ。
分かりやすさに逃げない優しさ。
笑いや涙を強制しないコメディの強さ。


私達観客は、多少頭を働かせながら映画を観る。
それまでの自身の鑑賞経験を参考にしながら。

この人は言いたいことが言えないいじめられっ子で、この人は性格の悪い陽キャなんだ。
こんな言い方をしたらこの後殴り合いになるだろうな、この後恋が始まるんだろうな、この後泣くんだろうな。ここで死ぬんだろうな。
たった一度の過ちがこの人の人生を変えるんだろうな。
あぁこのカットでエンドロールにいくんだろうな。

そうやって、起こる出来事の先を勝手に想像して分かった気になろうとする観客を、この映画はからかうようにことごとく裏切ってみせる。
予想通りにならなくてあたふたして、着地するかと思ったらまた明後日の方向へ吹っ飛んでいって、訳も分からないまま感情がぐわんぐわん揺さぶられる。
戸惑いながらも、心地よくてたまらない。

そこでふと気づかされる。

現実って、そこまでロマンティックじゃないし、全てが順序立てて起こるわけでもないし、何もかもがタイミング良く起こるものでもない。
1人の人間でも相手や環境や時の流れによって多面的なキャラクターが浮き出てくるし、その人物にどんな出来事があったかなんて、現実世界ではいちいち相手に説明して聞かせたりしない。
不謹慎な笑いだってあるし、脈絡のない涙だってある。

そんなことは分かりきっていて、だからこそ非日常のエンタメに身を投じるんじゃないか、という考えもあるだろう。
ただあまりにも現実と乖離してしまうと、上から俯瞰して見ることしかできなくなってしまう。
自分がスクリーンの中に入る余地がなくなってしまうのだ。

だからこそこの小気味良い裏切りは、徹底したリアルともまた違う、今ここにありそうでないファンタジーを成立させた。
くれなずんだ空のように、地面から1cmだけふわふわと浮いているかのように、曖昧な世界を漂い続けることができた。

とはいえ、やはり相当にぶっ飛んでいる。
何度か「は?」と声を出しそうになった。
それでも振り落とされずに最後までついていけたのは、紛れもなく役者の力だった。

このまま脳内メモリに録画して繰り返し見たい!!と思うような名シーンが突然飛び込んでくるのだ。

なんといっても若葉竜也さん。
『愛がなんだ』や『街の上で』で魅せる穏やかなへなちょこ役がハマる彼だが、『あの頃。』同様「いきがっているが弱くて優しいムードメーカー」の役をやらせたら実はピカイチだと思う。
端の方にフレームインしているだけのカットも、後ろ姿すら、細やかな表現に終始釘付けだった。

藤原季節さんもただただ素晴らしい。ともすれば冷静でつまらないキャラクターになりがちなところを、彼の圧倒的な個性によって愛おしい人間臭さが爆発していた。

最後まで掴みどころのない、でも皆に愛される吉尾を絶妙な塩梅で演じきった成田凌さんも、年上ベテラン俳優に囲まれながらも座長としてのどっしりした安定感で魅せた。


同時に、彼らと一緒に遊んでいるかのように走り回る、ほぼハンディのみで長回しのカメラワークが新鮮だ。
そしてこれまでゴジゲンの音楽も担当してきたという森優太さんの劇伴やウルフルズの曲もとても効いている。
ハチャメチャに見えて、この映画はひとつひとつが丁寧にガッチリとハマっているのだ。



最後に、作品のテーマについて。
最近、エンタメ作品の中での「身近な人の死」の描き方を、よく考える。

もうすぐ死ぬ人は、何もかも許されるのか。
残される者は必ず死に際に会いに行かなければいけないのか、後悔しなければいけないのか、悲しんで涙を流さなければいけないのか、笑ってはいけないのか、忘れてはいけないのか。

デリケートなテーマではあるが、これだけ多様性が認められるようになってきた時代だ。
人の、"感じ方や捉え方"もさまざまにあっていい、ということを訴えてくれる作品に出会うと、とても嬉しい。

それでもいいよ、とそっと寄り添ってくれる作品を創る人たちの勇気を、私は大切にしたい。
どんな気持ちも頭ごなしに否定せず、一度受けとめてみたい。
改めてそう感じさせてもらった。

頭を空っぽにして、ギャハハハ、と笑い転げるおバカな彼らに身を委ねてみてください。ぶっ飛びます。


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