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コーチングを学び始めて2年が経つ今、コーチを仕事にして生きている中で感じること

11月。

僕の人生が変わる転機となったのは、樹々が色付く季節だった。


「聴く」ことに対する、最初の衝撃


「人って、こんなにも多くの情報を発しているのか…!」

THE COACH Academyでコーチングを学び始めた一昨年の11月。クラスの中で、僕は衝撃を受けていた。




聴き上手と呼ばれて生きてきた。


「こんなことまで話すつもりなかったのに」と秘め事を語られたり、「なんでみんなお前にばかり心を開くんだ…」とゼミ代表に泣きながら相談されたり、サシで5時間でも6時間でもカフェやレストランで過ごして「まだ話したりない」と言われたりしながら、生きてきた。


それは、話下手な僕の処世術だった。

面白い話をするコミュ力の高い奴らに囲まれた大学時代、飲み会で人を集める中心となる彼ら彼女らを横目に、僕は「話を聴く」というポジションを選んでいた。

自分の話は、書くことで満足した。mixi日記さまさまだ。


就活相談、恋愛相談、学習相談。

進路やパートナー、日々の暮らしにつきまとうあれこれに悩む大学生たちの中にあって、僕は「人の話を聴く」スタンスを選び取ることで居場所を得ていた。


数十冊読み重ねてきた心理学や人付き合い、聴き方や話し方の本で学び、実践に活かしてきた生き方の集大成だった。



大学を卒業し働き始めてからも、そのスタンスは変わらなかった。お客様の話を丹念に聴き、一言一句を再現するように記録を文書にしたためた。

「まさにあの専務が話していたのが浮かび上がってくる。口調まで含めて、情景がよみがえってくる。すごいなお前。」

Mr.議事録と呼ばれたコンサルタント時代に、僕は人の話を聴きとること、それを書き起こすこと、「何が語られているか」の表面を受け取る力は、磨かれ続けてきた。



stand.fmで壁打ち企画を始めてから、僕が個人としてお金をもらいながら「人の話を聴く」ことに打ち込んでからも、それは変わらなかった。コトを受け取り、課題を解決し、役立つ事例や学びを開陳し、言語化し表現されたお土産を手渡してきた。


だから、僕は延べ10年以上、「聴く」ことを生存戦略として選択し、その力を磨きながら生きてきたわけだけれど、「うわぁ…全然聴けていなかった…」と白旗を掲げたのだった。


コトではなく、ヒトへ好奇心を向けること。

自分の解釈を脇におき、語られるままを、語られる背景にある願いを受け取ること。

耳で聴くに留まらず、目で、肌で、全身をパラボラアンテナのようにして聴く、ということ。


人生の物語を語る目の前の相手は、口にしている言葉にとどまらない、豊かで膨大な命の情報量を発していた。そんな姿をまじまじと見て、「聴く」ことの奥深さにガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。


それが、僕がコーチングを学び始めた最初の衝撃だった。



語り、テーブルに並べる今。


聴くことそれ自体のパワフルさにあてられた僕は、「とまりぎ」をコンセプトに掲げてきたこともあり、静かに、どっしりとその場に佇んで、聴くことに重心のあるセッションをしてきたように思う。


ただ、純粋なる「コーチングセッション」ではなく、僕のサービスとしての対話サービスや「居場所プロジェクト」で関わって頂いた方との関わり方は、その限りではなかった。


思いつきをよく喋るし、アイディアも出す。自分の生きた質感や体験を語り、それらをテーブルに並べ、お相手が考えるための一つの知識・フックとして場の創発性を高めてきた。


クライアントさんを、しばく

資格試験のためにメンターコーチングを受け始めた頃、さきさんのツイートを見て、「コーチがクライアントをしばくとは?」という問が立った。


妻とのやり取りの中で、苛烈な物言いをしてしまうことってあるなぁ(だって妻の人生がもったいないんだもん)と思いながら、これをテーマにさきさんとお話をしてから、僕の中で「しばきの扉」が開いてしまった。


今年2022年7月の話である。


「コーチは、怒ってイイの。クライアントさんが自分の人生から逃げたり、目を逸らしたり、諦めようとしているときには、腹をたてて関わるもの。綺麗じゃなくていい、ぐちゃぐちゃでいい。」


生きるってそんなに綺麗なだけのものじゃないから。

言外に、そんな言葉があったように思うこっちゃんの語るコーチ像は、生々しかった。


そして7月中の僕は、出会う人出会う人しばき倒すようになっていた。



静的で樹のような僕と、動的で炎のような僕。

ケイさんとのセッションの中で、僕の在り方の姿が見えてきた。7月の僕は動的な炎が目覚めていた。

燈火の宿る樹木。

それが僕の在り方なのだ、と自覚した。


「まーさんはもう、相手がどう生きたがっているのかに好奇心を向けるだけでセッションができるよ」


一度目の試験に落ちた僕が受け取ったこの言葉が、僕の今のセッションを駆動するエンジンとなっている。



見るのに覚悟のいる映画。

リピートされない、紹介されない商売に未来はない。

だから僕はことあるごとに、お客さんや、お客さんだった方々に、僕のサービスの質感や、人におススメするならば?という問を投げかけ、そのときどきの現在地を確かめる。


「まーさんのコーチングは、万人におすすめできるベストセラーとか、ポップな映画ではない。見る人の覚悟を要求する映画のようなものだ。だから軽々に紹介なんてできない。」


44,000円/hで売っている設計の意味。

価格の設計も、価値(成果)の実現を促すためのデザインの一部だ。

こんな金額を払ってライトなテーマをもってくる方はまずいない。「こんな金額を払ってでも向き合いたい、変えていきたい人生のテーマ」に触れて生きたい、という願いの発露だ。

そして、それだけの真剣度で向き合うテーマには覚悟と決意が宿る。だから、買って下さった方にいつも思う。「おめでとう。これを買った時点であなたはきっとうまくいく。」そう信じているからだ。


それは、僕の技能やサービスの質、といったことに自惚れているからではない。あえて高いハードルを置いている。無料で体験セッションもやらない。命の願いに向き合う時間を、ライトに消費させたくないからだ。


ほとんどの方が、買う前にとても葛藤されている。買いたい意向を伝えて下さってから、1週間、2週間と悩まれる方ばかりだ。自分の命に向き合うこと自体への葛藤、決して安くない金額を自分の人生のために払う葛藤が、やりとりのなかで伝わってくる。


そして、どこか晴れやかな物腰で、申し込みを頂く。

セッションをする前から、「買う」という行為を通じて自身の人生に既に向き合い、一つの決断を下してくる。


そんなスタートダッシュを切って臨む方々の本気度と行動力があって、「自身の願い」に気付いていく時間があったら、自然に命は向かいたい方向へと向かって動き続けていくようになる。


こんな構造が、発露されているように思う。

買うことを決められた時点で、ハイタッチして花束を贈りたい気持ちなのだ。だって、「自分の人生を大切にしてこれからを生きていく」と決められたあなたが、そこにはいるのだから。


愛と情動のボルケーノ

みどりんとラジオで対談をしていたら、こんなキャッチコピーを贈られた。あぁ、僕らしいな、と妙に納得した。


妻 「まーの最大の才能は愛情だ」

僕が僕の人生でもっとも価値(変化)をもたらしてきた相手は、妻である。出会った頃の彼女と、今日の彼女との変わりっぷりを(そして変わらぬ持ち続けている精神性の高さを)見てもらいたいくらいだ。



「感情は願いのメッセンジャー」


Academyの応用Bコースで触れた「感情」の機能と使い方。そこから僕は「感情」を抱きしめて生きるようになったように思う。そういえば、「心の底から思いっきり泣き笑いできる人生にしたい」と10代の頃から語っていた。

感情を抱きしめて生きることは、願いの声に真摯に耳を傾けることだ。



「不用意に覗くと消し炭になる」

前述の「覚悟のいる映画」と同様。「生半可な気持ちでまーさんのセッションを受けて欲しくない」とはみどりんの言葉。危ないらしい


テーマはいつでも自分ごと。苦しみはいつも相似形。

持ち込まれたテーマを他人事だと思ったことは一度もない。


セッションをするたび、声をかけるたび、言葉を選ぶたびに、思う。「これは、僕自身がかけられたがっている言葉なのではないか?」と。


セッションが終わるたび、直面する。僕の人生の中にも横たわっている同様のテーマに、どんな姿勢で向き合うことを選ぶのかを。


そして、心強く思うのだ。

僕は常に、一人じゃない。


四六時中一緒にいなくとも、繋がっていなくとも、僕は僕と同じ葛藤を抱えた人と人生を交差させ、今この瞬間ももがきながら懸命に生きている人の存在と物語を座右に感じながら生きることができる。


セッションを通じて交わった方々は、そこから常に戦友のように思う。関わりの濃淡はあれど、いつでも「続きの物語」を聴きたがっている。


だから、僕は語り続ける。

あの日あなたが話してくれた大切なテーマは、僕の中にもあって、僕はこんな風に向き合っているぜ、と。

届くかどうかはわからない。でも、心細くなったときに、手が届く場所に置いておけたらいいなと思う。


休みたくなった時に、ふと腰を下ろして没頭し、一人じゃないのだと知ってもらえるとまりぎになるように。心身をあたためる灯になるように。


コーチとは、生き様である。

この言葉と出会って以来、僕は僕の人生を生きることの意味に、とても自覚的になるようになった。

喜びも困難も抱きしめて、生き続けている。


人生で出会うこと、向き合うこと、感じた葛藤、得られた学び、そして成長し、次の旅を歩み始める。この繰り返しの、螺旋階段を昇る物語が、僕が僕の人生を生きる楽しみそのものであり、商売道具だ。


届けたい言葉がちゃんと届くように。

伝えたい想いがちゃんと伝わるように。


何を語るかよりも、誰が語るかの世界で、ちゃんと関わる相手の善き生に繋がっていく縁起となるように。


そんな祈りもこめて、僕は僕の生き様を晒しながら、生きている。



4か月半越しに受け取った僕のリソース。


今日語ったラジオの中で、僕は僕のリソースが、僕の中に息づいていることを、それを納得できたことを感じ取った。


①~⑥まで、ちゃんと僕に備わっているのだ、ということを、僕は僕の内面からも、ようやくちゃんと納得して受け取ったように思う。


僕の「在り方」は、これらの要素で満たされている。



出会う前から、契約期間が終わったその後まで、ずっと。

オンライン100%で仕事をしている今、僕はクライアントさんと直接出会う前に、僕の発信活動を通して「既に出会ってもらっている」。


そこから始まった関係性は、人生が交差するタイミングで直接の出会いに繋がり、セッションとなり、膨大なテキストのやりとりとなって、命の情報に共鳴し続けていく。


僕をコーチとして頂く期間はひとそれぞれ様々だし、長期のお休みに入ったり、短期に集中したりする。契約をおかわりしてくれるひともいれば、完了して次の旅路と伴走者を求めて羽ばたかれる人もいる。


それでも、繋がり続ける人は繋がり続けるし、物語には触れ続けている。


僕は、国ではない。とまりぎだ。

誰かが永劫住まうことを前提としない。

立ち寄りたい時に立ち寄り、旅立ちたい時に旅立つ中継地だ。


とまりぎは、生きたい場所への中継地。


その在り方だし、それを体現して仕事をしているな、生きているな、と、子どもを幼稚園に送る車の中でふわりと肚落ちした。


2年の節目に。

アニバーサリーはやっぱり特別な感慨が湧くものだなと思う。

「まだ2年か。」、「もう2年か。」、どちらの感覚も湧き上がってくる。


激動のトランジションにズタボロにもなったし、同じくらい、涙を流すような喜びにも出会ってきた。


善く生きた2年間だったと思う。


ずっと、同じ問が座右にある。




「それで、君はこれから、どう生きていくの?」





ここまでお読み頂き、ありがとうございました!

どこか「仕方ない」と自分の生を諦めていた僕が、人生を取り戻したのは、自分の願いを知り、これを指針に生きることを選び、行動を重ねてくることができたからだなと実感します。

コーチングを学んだことで、僕の変容は加速しました。

労働観が変わり、人生観が変わり、生きる質感が変わった。その感動を届けたくて、コーチの仕事をしています。

そんな僕の挑戦の原点にある想いを綴ったnoteはこちら。



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