「コーチ契約」の日に、贈りたい言葉。
「自分の主題歌をかけるとしたら、今日はどんな音楽を選ぶだろう?」
唐突にそんな問が浮かんできた。
ここ最近、ずっと自分の中に立ち上がってくる曲がある。
MOROHAの「五文銭」だ。
MOROHAに出会ったのは数年前、大学時代の友人からのLINEで紹介されたときだったと思う。当時は『三門銭』を聴いて、「熱量がすごい人たちがいるんだなぁ」と思ったことを覚えている。
一時期バンドを組んでいた友人たちとともにVIVA LA ROCKというフェスに行ったとき、僕は初めて生のMOROHAを目の当たりにした。
体全部の水分が漏れ出てしまったんじゃないか、というくらい立ち尽くして泣いていた。目を片時も離すことができなかった。
人のエネルギーとは、かくも人の心を動かすのか。
好きな映画を訊かれたときに
園子温の監督映画が好きだな、と思う。
なかなか人に語ることはないけれど。エログロが好きとかそういうことじゃなくて、役者さんたちの、「人間の魂ってこんなにも激しく叫ぶのか」と慄くくらい、鬼気迫る感情がありありと描かれているシーンに心を鷲掴みにされるからだ。
そういう意味では、『告白』のラストシーンの松たか子の泣き笑いの表情もすさまじいし、『容疑者Xの献身』の堤真一がハラハラと泣き崩れるシーンも大好きだ。
心と繋がった貌とは、こういう姿なのか、と思う。役者ってすごい。
コーチという仕事をしていて
僕との継続的なセッションを積み重ねていく、「コーチ契約」を結ばせて頂く際、導入セッションに先だって契約説明をさせて頂いている。今日はそんな、契約説明の日だった。
僕はこの、夜明け前のような始まりの時間が好きだ。
「セッション」はコーチングの花形の演目だ。
ダンスをするように、想像の外から現れてくる問、心をガツンと揺さぶられるフィードバック、溢れ出てくる生きようとする命の声。
その場限りの一度の演目。そこに惹かれて、心が動いて憧れたり、関係性が始まったりもするのだけれど、それは全体の一部に過ぎない。
僕が「コーチ契約」として売っているものは「セッション」ではなく、「僕と関わり続ける継続的な関係性」だ。
セッションの際にはセッションを有効に機能させるための在り方、関わり、技術を総動員して関わるけれど、僕という人間はそれが全てではない。
自分の人生において大切にしたいものは取捨選択(評価・判断)をするし、万人に対して僕が合うとも思っていない。頑張れるときもあれば、心がへし折れていることもある。燃えるような燈火のエネルギーで向き合うこともあれば、力の抜けた柳のようにただそこに在ることもある。
コーチングセッションをすることもあれば、コンサルティングもティーチングもするし、ただ座右の友人のように率直に一存在として関わることもある。言葉を日々交わすのが好きだから、声を交わすだけでなくLINEやSlackで膨大なテキストメッセージのやりとりもする。
命と命の関わり合いは、自分の全存在で関わることだと捉えている。
この、関わり合いの始まりに、どうしようもなく昂っている自分に気付くのだ。これから関わり合っていく中で出会う物語に、胸が弾むのだ。
そうして、いつも思うことがある。
僕との契約に至った時点で、「生きる居場所を変えていきたい」というあなたの願いは、8割型叶っている、と思っている。
だもんだから、買うことを決断した時点で贈りたい言葉は、ありがとうよりも先に、「おめでとう」が浮かんでいる。
僕とのコーチ契約は一般的なプラットフォームの登録コーチの金額と比して決して安い金額ではない。この金額設定をしていることにもちゃんと理由があって。
僕は「セッション」を売ってはいない。僕の全存在と「命の関わり合いを始める関係性」を売っている。
それくらいの関わりをしてまであなたが変えたい人生の、「これから生きていきたい、命を使いたい居場所を共創していく」時間にするために、そういうテーマを持ち込んでもらうために、高い金額設計をしている。
僕にとっては、価格もサービスデザインの一部だ。
「こんな金額を払ったのに、”喋ってスッキリした”で終わったらバカらしい!」
そう思ってもらいたくて、この金額設計をしている。
そうして築いた壁を乗り越えてくる上で、葛藤がないわけがない。その価値を信じることは、僕を信じること以上に、自分を信じることでもある。僕をコーチに選ぶと言うことは、「変われる自分を信じられた」ことと同義だと思っている。
だから思うのだ、「おめでとう」と。
柳と、サウナと、内なるこっちゃん
あまりにも根を詰めて生きてきた僕の様子を見かねて、昨日は妻がスーパー銭湯へと連れ出してくれた。露天風呂に浸かり、雨がふるなか休み処で横になり、サウナと水風呂を3往復した。
自分でも見違えるくらい、自分の表情が和らいで笑顔になれた。
この日の午前、ボイスコーチのKEIさんとのセッションで。この時間は僕の在り方の現在地をちゃんと見る、ことにフォーカスしてセッションをして頂いたのだけれど、ずーっと僕の「思考」が前に立って喋り続けていた。
「まーさんの願いが出てきてないよ!」
と何度も気付かせて頂きながら、僕の声を探していった中で出てきたのは「柳の樹」のイメージだった。あぐらをかいて椅子にすわり、上半身をだらりとして風に揺られるようにしながらセッションをしていて、とても自分の身体と心がゆるむのを感じた。
そんな一日を過ごしながら、僕の心の中のこっちゃんが「てきとーでいいのよ~~~~!」と叫んでいた。めっちゃ笑顔で。
「だってこんなにも頑張り続けてきてるじゃない。それもリソース。でも、それを認めてゆるめてあげられることも、リソース。自分にゆるせるからこそ、根を詰めてしまうクライアントさんたちに、自身をゆるめる力があることを伝えられるのよ」
実際にこんなセリフを言われたことがあるわけではない。ないのだけれど、僕の中でこのセリフがスラスラと出てきた。「そうですよね」と頭をかきながら言葉を受け容れていく自分に気付いた。
そうして、何人もの「根を詰めて動き続けてしまう頑張り屋さん」たちの顔が浮かんだ。
奇しくも、tomarigiのチャンネルの中で「しんどい・・・!」と漏らす頑張り屋さんたちの声が相次いでいて。
あぁ、僕は僕に届けられる言葉を見つけて、本心から人に届けられる言葉と繋がれたんだなと思った。
燈火のような、動的なエネルギーも。
柳のような、静的なエネルギーも。
どちらの振れ幅も、僕のリソースで。人間がしなやかに力強く生きていくために備えたリソースで。
自分の中にある、「生きようとする力」たちをまっすぐに見つめる日々を生きながら、僕がコーチとして向き合う方々の「生きようとする力」をまっすぐ見つめていきたいなと改めて感じている。
あぁ、今日も、生きた。
追記
(バックグラウンド再生されたい方はこちらから)
先日、THE COACHの基礎31期の方々とお話しさせて頂く機会がありました。僕のコーチ観について語らせて頂いたのだけれど、嬉しいことにそのときのお話を振り返った収録が。
大切にしているものが、人に届いていることが伝わってきて嬉しいですね。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
どこか「仕方ない」と自分の生を諦めていた僕が、人生を取り戻したのは、自分の願いを知り、これを指針に生きることを選び、行動を重ねてくることができたからだなと実感します。
労働観が変わり、人生観が変わり、生きる質感が変わった。その感動を届けたくて、コーチの仕事をしています。
回の投稿をお読み頂いて、「自分のこれからの物語に出会っていきたい!」とご興味をお持ちいただけたなら、お気軽にお声掛け頂けたら嬉しいです(公式LINE)。
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(※ コーチ契約とは別物ですので、こちらはコーチング等を受ける前段の整理用、と捉えて頂けますと幸いです)
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