見出し画像

「英文解釈演習室」に挑戦 2024年10月号

はじめに

 毎月、演習室に投稿した訳文について、どんなことをかんがえながら訳したかのメモをまとめて記事にしていってます。演習室に投稿されている常連組の方々にはもちろん、参加していない方々にも読みやすい内容にできたらなぁとおもっています。

 「そもそも演習室ってなに?」という方は↓の記事をご覧ください。




今回提出した訳文

 夜。月光によって、田園は鋭く引き裂かれる――畦道も、川も、山にまで広がる草原も、それから莫大なる空も。ある朝、満月が西に沈んでいくのと、まさに同じくして、太陽が昇りつつあった。私はその両者のあいだにあって、かろうじて平衡を保っている感覚をおぼえながら、草地を大股でかけぬけた。一瞬、私はこういうふうにおもうことができた。まだ消えぬ星々が、クーパー靭帯のように、ワイオミング州上のあらゆるものをひとつに包みこんでいるのだ、と。
 宇宙には霊魂に相当するものがあり、自分たちのなかで対立する想いや、心の重荷になっていることを癒やすことができる。孫の代にはおそらくスペースシャトルが、新婚旅行や、心臓発作からの回復のために使われるだろう。より身近なところでは、私たちがごく当たり前に皮膚を身にまとっているように、宇宙を自分たちのなかに内包する術も知るかもしれない。宇宙は理性の権化でもある。つまり漂白されたり、単調だったり、「うわの空」だったりするものではなく、いかなる考えや状況も見事に受け容れるであろう生命なのだ。

課題文:Gretel Ehrlich, "The Solace of Open Spaces"
出題者:筒井正明先生


全体の感想など

 今回の課題文も、筒井先生がいかにも好きそうなスピリチュアルな宇宙のおはなしでした。じぶんが参戦したなかではいちばんみじかく文章で、構文もそれほどむずかしくはないようです。
 しかし一方で、訳語の選定ではむずかしく感じた部分がありました。どういった事柄を書いているのか、筆者はどういったことがイイタイのか(そして、出題者はどういう訳を期待しているのか)、そういったことをきちんと把握できなければ、バッチリの訳文をかきあげるのは至難の業です。


第1パラグラフ

 断片的におもえた光景が、月と太陽が同時にでているとき星をみあげたことで、宇宙はひとつにつながっていたんだと直観する。
 そういう神秘体験がこの第1パラグラフで描かれているようです。

1-1 At night, by moonlight, the land is whittled to slivers ― a ridge, a river, a strip of grassland stretching to the mountains, then the huge sky. 1-2 One morning a full moon was setting in the west just as the sun was rising. 1-3
I felt precariously balanced between the two as I loped across a meadow. 1-4 For a moment, I could believe that the stars, which were still visible, work like cooper's bands, holding together everything above Wyoming.


1-1

At night, by moonlight, the land is whittled to slivers ― a ridge, a river, a strip of grassland stretching to the mountains, then the huge sky.

 前の文脈がわかりませんが、the landは田園としました。
 辞書をひくとlandは(海に対する)陸とありますがこの英文で対しているのは海ではなく夜空ですし、空に対する地面は ground、earthともかいてあります。ということは、このthe landは[the ~](都会に対して)田舎、農地の意味でとらえるのが適切かなとおもいました。

 whittleは(木など)を削り取る、sliverは鋭利な欠片といった意味で、雲間からさしこんだ月明かりによって田園風景が細長く切り取られている様子をあらわしているのでしょう。こういうのもチンダル現象というんですかね。

ダッシュをはさんで名詞句がならんでいますが、これはa ridge (is whittled to slivers), a river (is whittled to slivers), …という具合に、重複した述語部分が省略されているのでしょう。
 いやいや、訳文をよく読み返しなさい!! これはthe landがwhittleされた結果sliversになり、ダッシュ以降はそのsliversの内容をくわしく言い換えてるんでしょ!!……講評前に誤訳をみつけてしまいましたね。

 stretching to the mountainsというのは直前のglasslandにだけかかっているとおもいます。もしridgeやriverまで山にまでのびているなら、もうすこしわかりやすい別の書き方にしたでしょう。

 ridgeは尾根ではなく畦道(あぜみち)としました。道→川→山と草原→空というふうに、視線が近くから遠くへ、低いところから高いところへ、狭いところから広いところへグラデーションしていくさまがが描かれているとおもいます。ここでridgeを尾根とすると、流れがわるくなってしまいます。


夜。月光によって、田園は鋭く引き裂かれる――畦道も、川も、山にまで広がる草原も、それから莫大なる空も。
 ↓本当はこう書くべきだったかもしれません
夜。月光によって、田園は削り取られ、畦道、川、山にまで広がる草原、それから莫大なる空――という欠片になる。


1-2

One morning a full moon was setting in the west just as the sun was rising.

 ここは特に問題はなさそうです。1-1は現在形なので恒久不変で「毎晩」のようにあることで、1-2は過去進行形なので「ある朝」の出来事ということですね。
 意味としては「ちょうど太陽が昇ってくるのと同時に、満月が〜」となりますが、英文の流れを尊重して前から後ろに訳しさげました。


ある朝、満月が西に沈んでいくのと、まさに同じくして、太陽が昇りつつあった。


1-3

I felt precariously balanced between the two as I loped across a meadow.

 precariouslyは不安定な状態で、という意味。feel precariously balancedを「不安定な状態でバランスがとれて」とすると、やや奇妙な感じがするので「かろうじて」と訳しました。

 lopeというのは、ゆっくりとした大股の足取り(駆け足)と辞書にありますが、ゆっくりなのか駆け足なのかどっちやねんとおもいました。
 ロングマンをひくとto run easily with long stepsとあるので、せかせかと早歩きするのではなく大股でかるく走るような感じですね。

 meadowは牧草地、川辺の低湿地のことなので、やはり1-1のthe landは大地よりを田園のほうがふさわしくおもえますね。
 ここでもas以下を訳しさげました。

私はその両者のあいだにあって、かろうじて平衡を保っている感覚をおぼえながら、草地を大股でかけぬけた。

1-4

For a moment, I could believe that the stars, which were still visible, work like cooper's bands, holding together everything above Wyoming.

 cooper's bandsはどういう意味でしょうか。cooperはたる製造職人、桶屋、bandは帯、縞模様、範囲なので、木樽の木片や留め具のことでしょうか。画像検索しても「アリス・クーパーのバンド」しかでてきません。
 しばらく悩んで「クーパー靭帯」のことではないかとひらめきました。女性の乳房をささえる靭帯のことです(医学的にはCooper's ligamentsが正式のようです)。

 天の川は英語でmilky wayといいますが、これはギリシア神話の女神・ヘラの母乳が由来となっています。それをふまえると、西洋人が星をみあげてクーパー靭帯を連想してもそれほど突飛ではないかもしれません。
 念の為、いろいろ検索してみると、こんな商品ページをみつけました。あきらかにクーパー靭帯のことをさしてcooper's bandsという言葉をつかっていました。


一瞬、私はこういうふうにおもうことができた。まだ消えぬ星々が、クーパー靭帯のように、ワイオミング州上のあらゆるものをひとつに包みこんでいるのだ、と。


第2パラグラフ

 第2パラグラフは宇宙そのものへの記述となり、筆者の独特な宇宙観が如実にあらわれています。

2-1 Space has a spiritual equivalent and can heal what is divided and burdensome in us. 2-2 My grandchildren will probably use space shuttles for a honeymoon trip or to recover from heart attacks, but closer to home we might also learn how to carry space inside ourselves in the effortless way we carry our skins. 2-3 Space represents sanity, not a life purified, dull, or “spaced out” but one that might accommodate intelligently any idea or situation.


2-1

Space has a spiritual equivalent and can heal what is divided and burdensome in us.

 a spiritual equivalent……精神的に同等なもの? うーん、あまりよくわかりません。辞書の例文をいろいろみていくうちに、要するにSpace has an equivalent for a spirit.という意味なのでは?とおもいました。an equivalent for a spiritが圧縮されてa spiritual equivalentになっているわけです。

 what is dividedは、分裂されたもの。もしかしたら精神分裂病(統合失調症)的なことかもしれませんが、後半のburdensome(重荷)との釣り合いがとれないないので、もうすこし軽いものをさしているはずです。ここでは、じぶんのなかで対立する思考や感情のことだとおもいました。
 葛藤もいいかもしれませんが、conflictとはかいてないのでやめました。


宇宙には霊魂に相当するものがあり、自分たちのなかで対立する想いや、心の重荷になっていることを癒やすことができる。


2-2

My grandchildren will probably use space shuttles for a honeymoon trip or to recover from heart attacks, but closer to home we might also learn how to carry space inside ourselves in the effortless way we carry our skins.

 My grandchildren(私の孫たち)とかいてますが、直観的にこれは実在する孫ではなく、遠い未来に想いをはせているだろうとおもいました。そこで「孫の代には」と訳してみました。
 念の為、著者の経歴を確認してみると、1946年生まれで、1985年にこの文章を発表しています。39歳だと10代の子供はいたかもしれませんが、孫ができるにははやすぎますよね。

 recover from heart attacksとありますが、心臓系の疾患は無重力下でリハビリしたほうが回復がはやいのでしょうか? 検索してみても、あまりいい話はでてきません。むしろ無重力は心臓や血管に悪いというような記事ばかりでてきます。
 もしかしたら1980年代には宇宙でのリハビリが夢見られていたのかもしれません。著者自身がそういう病気持ちで宇宙へ過度な期待をしているのか、あるいはheart attackが心臓発作ではなく心理的なショックくらいの意味なのか。ここはすこし疑問がのこるところですね。


孫の代にはおそらくスペースシャトルが、新婚旅行や、心臓発作からの回復のために使われるだろう。より身近なところでは、私たちがごく当たり前に皮膚を身にまとっているように、宇宙を自分たちのなかに内包する術も知るかもしれない。


2-3

Space represents sanity, not a life purified, dull, or “spaced out” but one that might accommodate intelligently any idea or situation.

 全体としてSVO, not A but Bという構造ですね。Oについてnot A but Bでくわしく言い換えています。

 文脈をかんがえずに直訳してみると、Space represents sanityは「宇宙は正気を象徴している/あらわしている」という感じでしょうか。よくTRPGでSAN値という用語がつかわれますが、sanityは正気、正常さ、健全さ、分別といった意味ですね。どれもしっくりこないので理性としてみました。

 a lifeとあるように、宇宙には命があるといっているのだとおもいます。2-1でも宇宙に霊魂があるといっています。それにさらにつけたすような感じがあるので「宇宙は理性の権化である」と「も」を足しました。

 intelligentlyは知的に、聡明に、という意味ですが、どうもそのままだとしっくりきません。聡明というのは理解や判断力がすぐれていることなので、すこしかんがえて、ここでは「見事に」としてみました。
 類義語をしらべるとlogically(論理的に)、reasonably(適切に)、shrewdly(抜け目なく)、skillfully(巧みに)などのほかにbrilliantly(見事に)とあったので、許容の範囲内だとおもいます。


宇宙は理性の権化でもある。つまり漂白されたり、単調だったり、「うわの空」だったりするものではなく、いかなる考えや状況も見事に受け容れるであろう生命なのだ。



訳文検討会

※後日追記予定


成績・講評

※後日追記予定

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集