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「英文解釈演習室」に挑戦 2025年2月号

はじめに

 毎月、演習室に投稿した訳文について、どんなことをかんがえながら訳したかのメモをまとめて記事にしていってます。演習室に投稿されている常連組の方々にはもちろん、参加していない方々にも読みやすい内容にできたらなぁとおもっています。

 「そもそも演習室ってなに?」という方は↓の記事をご覧ください。




今回提出した訳文

 北アメリカにいて、父は個人主義という思想にあからさまに傾倒していった。それは、人はなんでも望んだものになれる、というもの。すなわち、人の宿命は大なり小なり変えることができる。つまりは、その人こそがみずからの成功のきっかけとなる、という具合だった。「アナタはアナタの運命を、思いのままにあやつれるんです!」と、見得をきるのは、白すぎる歯をした数多の狂人どもで、父はテレビでしきりに彼らを観ていた。「今日という日は、残りの人生の最初の日なんです!」 しかも、父は彼らのいうことを信じていたのだ。いや正確には、必死に信じこみたかったのだとおもう。というのも、おそらくそれは、父が心機一転するための最良の方法、ようするに過去を本当に乗りこえられたと証明するものであったろうから。
 とはいえ、異様な目つきをした精神的指導者、言うなれば北アメリカらしい甘言を謳うこの者たちは、境遇に足枷をはめられている人もいることにいっさい触れたりしなかった。家族、国、階級、身体、戦争、歴史といった錨に留められ、みずからの運命の舵をとって成功できなくなるばかりか、できるとおもうことすらまったくバカげている。そんな状況の人もいることを指導者たちは認めなかったのだ。極限まで心が沈んだ人々は、前へ漕ぎだすために、ありとあらゆる力を総動員しないといけないだろう。意志、そう、人並み外れた意志が個人主義には強く求められる。同様に、知恵、才気、機知、素質なども必要だが、それでも魔法のような後押しがなければどこにも辿り着けないかもしれない。その後押しとは、勢いはあるがいつどうなるともわからないちょっとした、あの推進力——運だ。

課題文:Lina Mounzer, 
“The Gamble”
出題者:筒井正明先生


全体の感想など

 筆者のリナ・マウンザーさんは、1978年レバノンの首都ベルイート生まれ。数年間カナダですごしたそうですが、そのときの体験の一部が今回の課題文となっているようです。

 斎藤先生のウィンチェスター回での工夫は、たんに自分が未熟だったせいもあるかもしれませんが、あまり功を奏さなかったようです。なので、いったん訳し下げに徹するのをやめ、しかし、長すぎる部分はやはり日本語として自然さを優先して切りわけたりしました。

 また今回の課題文には、同格の一種である「並置」がつかわれている箇所がありました。「並置」は出題者である筒井正明先生独自の用語です。
 A, and Bは「A、そしてB」(AとBは別のもの)という意味ですが、A, Bというふうに複数の要素が接続詞なしで並べられているときは「A、すなわちB」(AとBは同じもの。Aを別角度から言いかえたものがB)という具合です。くわしくは筒井先生の著書をご確認ください。


第1パラグラフ

 親がYouTubeで陰謀論にはまる話を聞いたりしますが、リナさんもそんな心持ちだったのでしょうね。

1-1 In North America my father became openly taken by the idea of individualism: that a man could be whatever he wanted, that his fate could turn on a dime (or a million), that he alone was responsible for his success. 1-2 "You are the master of your own destiny!" crowed any number of the sparkle-toothed maniacs he liked to watch on TV. 1-3 "Today is the first day of the rest of your life!" 1-4 And he believed them, or at least I know he wanted desperately to believe them, I think because that would have been the ultimate way for him to make a fresh start, to prove that he was truly able to leave the past behind.


1-1

 以前にat nightを「夜になると」と訳している方がいたので、それを参考にIn North Americaを「北米に居て[住んで]」としてみます。

 コロン以降の3つのthat節は足りない要素がないので、これは同格のthat節で、individualismの内容を具体的にしてますね。individualismには「利己主義」などの意味がありますが、コロン以下をよむとあきらかに「個人主義」のほうですね。
 that節はA, B, Cというふうにならんでるので「並置」ですね。A≒B≒Cというのを意識して訳しました。
 that節にcouldなどがありますがこれは過去形ですね。もし仮定のニュアンスがあるなら3つめのthat節はwasではなくwereになるはずです。In North Americaからはじまる主節が過去形なので、時制の一致によって過去形になってるのですね。

 a manは「男(性)」の可能性もかんがえましたが、個人主義は男にかぎった話ではないはずなので「人」と訳しました。

 on a dimeは、①「(10セント硬貨のような)狭い範囲で」②「(10セント硬貨のように)急に転換する」という意味があるそうです。
 (or a million)は、おそらくは言葉遊び的にon a dimeと対比させてるのでしょう。もしとの対比なら「(100万ドルの札束のような)広い範囲で」という意味になるかもしれません。との対比なら「(100万ドルの札束のように)……ゆっくり?どっしり?」。うーん、しっくりきません。ここではでかんがえましょう。

 「名詞+alone」は名詞を強調する用法。
 be responsible forといえば「責任がある」ですが、ここでは「原因がある」のほうの意味でしょう(『英語力を鍛えたいなら、あえて訳す』にもでてきましたね)。


北アメリカにいて、父は個人主義という思想にあからさまに傾倒していった。それは、人はなんでも望んだものになれる、というもの。すなわち、人の宿命は大なり小なり変えることができる。つまりは、その人こそがみずからの成功のきっかけとなる、という具合だった。


1-2、1-3

 ここは"引用句"+saidなどの動詞+S.+"さらに引用句"という構成。小説などで、こういうふうにセリフがわかれていることがよくありますね。

 1-2の引用句部分を直訳すると「あなたは自分の運命の主人です!」ですが、master of your own destinyという名詞句を節にひらこうとおもいます。
 たとえば、He is a good swimmer.は「彼はいい水泳選手だ」ではなく「彼は泳ぎが得意だ(=He swims well.)」くらいの意味のときがあります(『あえて訳す』にもでてきました)。そのほうが日本語として自然になることがあります。
 masterは動詞なら「操る」「司る」「飼いならす」という感じでしょうか。念の為、辞書をひいてみると、
 be master one's own fate [future] 自分の運命[将来]を意のままにできる
 という例文を発見! これを参考に訳します。

 crowは「誇らしげに語る」で、sparkle-toothedは「白く輝く歯の」なので、ドヤ顔がおもいうかびますね。maniacは「狂人」「精神異常者」「躁病患者」などの意味。
 以上をつなげて直訳すると「〜と、父がテレビで観るのを好んでいた輝く歯をしたたくさんの狂人どもは誇らしげに語った」となりますが、maniacsにかかる修飾語句が長大です。「の」も多すぎ。ここは日本語としての自然さを優先して、区切って訳します。

 "Today is the first day of the rest of your life!"は、Charles Dederich(チャールズ・ディードリッヒ)という人の名言で、過去にアメリカで流行したそうです。
 永六輔さんの「人間、今が一番若いんだよ。明日より今日の方が若いんだから。いつだって、その人にとって今が一番若いんだよ」という言葉をおもいおこしますね。
 元の英文はググると似たような訳がたくさんでてくるので、それらを参考にしました。ほとんど定型句になってるイメージがありますし、むしろここではありきたりな陳腐な訳のほうがでいいとおもいます。


「アナタはアナタの運命を、思いのままにあやつれるんです!」と、見得をきるのは、白すぎる歯をした数多の狂人どもで、父はテレビでしきりに彼らを観ていた。 「今日という日は、残りの人生の最初の日なんです!」


1-4

 この文頭のAndは、意外性や驚きがふくまれているような気がします。at leastは「もっと正確に言えば」というふうに前言を訂正する用法があるそうです。

 I thinkは、つづくbecause節の主節になるのではなく、たんなる挿入ですかね。1-4は一文が長めなので、because節以下を訳し下げました。

 the ultimate wayは、「究極の〜」とかんがえると文意がとりにくくなりますね。ここでは「最高[最良]の〜」という意味でしょう。
 make a fresh startは「再出発する」という口語的な表現だそうです。これは物理的に再出発するのではなく、人生をやりなおすという比喩なのでしょうが、in lifeなどとかいてないので訳に「人生を〜」とたすかどうか迷うところですね。結局たさずに「心機一転」としました。口語的ではなくなりますが、原文の意図はくめてるんじゃないでしょうか。

 ところで、to make a fresh startto prove that …は、ただカンマでならべられているので、これまた「並置」ですね。どちらも形容詞的用法でwayの内容を説明しています。

 leave past behind は「過去を捨て去る[乗り越える]」。


しかも、父は彼らのいうことを信じていたのだ。いや正確には、必死に信じこみたかったのだとおもう。というのも、おそらくそれは、父が心機一転するための最良の方法、ようするに過去を本当に乗りこえられたと証明するものであったろうから。


第2パラグラフ

 1文が非常にながく、第1パラグラフよりもむずかしく感じますね。
 また、人生を船旅にたとえているのか、航海に関連する表現がおおかったようにおもいます。

2-1 But none of these wild-eyed gurus, the chanters of North America's siren song, ever mentioned the way a person could be fettered by circumstance; acknowledged that one could be anchored to the weight of family or country or class or body or war or history in such a way that made it not only impossible to attain success by being the master of one's own destiny, but outright ridiculous to even think it possible. 2-2 Those weighed down the heaviest would have to muster all the forces possible to be able to pull forward: will, yes, inhuman will, which is what this philosophy mandates but also cleverness, brilliance, wit, talent, and even then, none of these might ever lead anywhere without the magic boost of that powerful, unpredictable little engine called luck.


2-1のセミコロンの前まで

 「しかし」と訳すほどハッキリとした逆接があるようにおもえなかったので、But「とはいえ」としてみました。
 wild-eyedは、「狂おしい[怒った]目つきの」という身体的特徴をそのまま指す場合と、「夢想的な、極端な、過激な」というメタ的な意味になる場合があるようです。どちらがより適切か迷いますが、1-2のほうで身体的特徴であるsparkle-toothedがつかわれており、また、「狂おしい目つき」といえば「過激な」の意味もほのめかされるので、ここではのほうの訳にしました。

 guruはもとはヒンドゥー教の導師などを指しますが、ここでは「指導者、権威者」などの意味のほうでしょう。これがもしテレビではなくYouTubeだったら「インフルエンサー」と訳したくなりますね。
 the chanters …は前のgurusの言い換えですね。chantはシュプレヒコールのように同じ調子で繰り返す意味と、宗教的な歌をうたうことの意味があります。ここではのほうですかね。

 North America's siren songは「北アメリカの〜」と訳すとあまり意味がピンとこないので「北アメリカらしい〜」としました。『基礎と完成新英文法』性質・特徴をあらわす所有格の例文のなかに、a woman's voice(女性らしい声)、men's boot(男子ブーツ)とあったので参考にしました。
 siren songは直訳すると「セイレーンの歌」ですが「誘惑の言葉」という意味になるそうです。もとのセイレーンのニュアンスを残したかったので「甘言を謳う(うたう)」としてみました。

 be fetteredは「足枷をはめられる」や「拘束[束縛]される」という意味。「足枷〜」のほうがイメージを喚起しやすいとおもったので「足枷〜」のほうで訳しました。


とはいえ、異様な目つきをした精神的指導者、言うなれば北アメリカらしい甘言を謳うこの者たちは、境遇に足枷をはめられている人もいることにいっさい触れたりしなかった。


2-1のセミコロンから後

 セミコロンをはさんでacknowledged…とつづきますが、これも「並置」ですね。acknowledgeは「(不都合なことをしぶしぶ)認める」。

 be anchored toは「しっかり固定される、強く結びついている、根をおろしている」などの意味。the weight ofは「〜の重荷、重圧」ですが、ここでも先ほどのセイレーンのように海のニュアンスを残したかったんで「イカリに留められ」と直喩的に訳しました。

 family or country or class or …ときてbodyですが、もしかして「組織、集団、団体」を意味するbodyでしょうか。しかし、もしそうならgroupやorganizationといったもっとわかりやすい語をつかうはずです。なので、ここではシンプルに「肉体、身体」の意味にしました。
 同様に、countryも「国(家)」か「故郷」、historyも「歴史」か「来歴」というふうに迷いましたが、ここは全部シンプルなほうを選んでみました。

 第1パラグラフでもおなじby being the master of one's own destinyという表現がでてきましたが、ここでは「みずからの運命の舵を取って」と直喩にして海のイメージを強めました。


家族、国、階級、身体、戦争、歴史といった錨に留められ、みずからの運命の舵をとって成功できなくなるばかりか、できるとおもうことすらまったくバカげている。そんな状況の人もいることを指導者たちは認めなかったのだ。


2-2のダッシュの前まで

 「Those+過去分詞」は「Those who are 過去分詞」(〜された人々)からwho areを略したカタチ。weighは受け身の「人 is weighed down」で、「苛まれる、気が滅入る、苦境に陥る」などを意味。ここでも「心が沈んだ」という直喩っぽい海っぽいイメージに訳しました。
 つづく形容詞(の最上級)の存在が構文的に謎ですが、辞書でひくと副詞のheavyがでてきました。つまり、ここでのthe heaviestはmost heavilyとおなじ意味で直前のweighed downにかかっているのですね。

 musterは「(勇気など)を奮い起こす」。目的語the forcesのあとのpossibleは最上級・all・everyなどにともなって意味を強める用法。IDIOMATIC300に載ってました。名詞の後におくほうがさらに強い意味になるそうです。
 pull forwardとは「前に引っ張る」なので「前に漕ぎ出す」と舟をイメージしました。

 コロン以下は、2-2の前半の補足ですかね。このyesは自分の発言を強調する用法。willをよりくわしく説明しています。
 this philosophyは冒頭から語られているthe idea of individualismのことを指しているのでしょう。mandateは「委任する」「命じる」といった意味のかなり固い語。日本語訳にとらわれると意味がわからなくなりますが、LDOCEなどで英英定義をみてみると
 to direct or require (someone) to do something
 という感じなので、requireとおなじものとしてかんがえます。


極限まで心が沈んだ人々は、前へ漕ぎだすために、ありとあらゆる力を総動員しないといけないだろう。意志、そう、人並み外れた意志が個人主義には強く求められる。


2-2のダッシュから後

 but alsonot onlyがなくてもつかえます。
 cleverness, brilliance, wit, talentはそれぞれ意味がかぶっているところがあるので注意して訳語を選びました。willの「意志」をふくめて全部二字熟語に統一しました。
 羅列の最後に「〜など」をつけくわえました。英文ライティングではこういう羅列のときに最後に.etcやand so onなどの曖昧な語をつけるを避けると聞いたことがあります。なので逆にいえば、最後に「〜など」をたすと、より日本語らしくなる……?
 というのは冗談ですが、半分本気でもあります。意味のかぶる単語をこれだけならべるということはミーシーMutually Exclusive Collectively Exhaustive)にするつもりは毛頭なく、さまざまな例があるといいたいんじゃないでしょうか。そうすると、あえて「〜など」とにごしたほうが文意にあうかもという考えです。

 none of these以下をそのまま訳すと「運と呼ばれるあの強力で予測不可能な小さなエンジンという魔法の後押しがなければ、これらのどれもどこにもつながらないかもしれない」という感じでしょうか。
 長い。長いし、わかりにくい。それに語順的に、ためてためてためて、文末のluckをバーン!と強調しているようにも感じます(個人の感想です)。
 そこで、まずnone of these 〜 the magic boostまでを一区切りにして訳します。それからof以下の形容詞句を訳し下げていきます。

 that powerfulのthatは「そんなに」「それほど」という副詞でしょうか。しかしそれだと、可算名詞のはずのengineが無冠詞単数ということになってしまいます。ここではやはり指示形容詞で、話者の感情がはいる「あの、例の」のthatなのでしょう。
 つづくunpredictableは、やや逆接のようにも感じるのでpowerfulのあとに「〜が、」をつけました。ところで何が予測不可能なのでしょう。little engine called luckのことだとおもいます。では、どう予測不可能なのでしょう。運がいつ巡ってくるか、どう終わるのかがわからないということだとおもいます。
 engine
を「エンジン」というカタカナのまま訳すのは味気ないので「原動力」「推進力」あたりがいいでしょうか。そして、ダッシュをはさんで最後に「運だ」と訳しました。


同様に、知恵、才気、機知、素質なども必要だが、それでも魔法のような後押しがなければどこにも辿り着けないかもしれない。その後押しとは、勢いはあるがいつどうなるともわからないちょっとした、あの推進力——運だ。



訳文検討会

※後日追記予定


成績・講評

※後日追記予定

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