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第七章 ミナミ笑業株式會社その1

なんば花月がNGKと名前を変え今の場所へ移ってからもう何年たつだろう。向かいには若手のためのbaseよしもとが出来、よしもと漫才劇場と名前を変え今も続く。
 2軒のたこ焼き屋が斜め向かい同士で鎬を削り、観光客の押し寄せる通りだ。
 そんな笑いの街に相応しく、ここにはミナミ笑業株式會社がある。笑都としての活動の中心となる会社で国から予算が割り当てられている。いわゆる第3セクターだ。笑いに関するあらゆる事に携わる会社である。

 入社式には毎年、その時ブレイク中のお笑い芸人が招待され、スピーチをする。社長は被り物をして挨拶もそこそこにクルクル踊り回る。会長が挨拶の際、社長の秘密を暴露すると「ちょっと聞いてないっすよ〜」と社長が若手芸人のリアクションで返す。式の最後にはルーレットで選ばれた新人が人間大砲で飛ばされて華々しく幕を閉じる。

 営業三課に入社した新人、田宮五郎は張り切っていた。笑いに関する知識も豊富だし自分が大阪人である事にも誇りを持っていた。しかしそれ以上に真面目だった。そして知識があるのと笑いのセンスは別物だった。
 最初に挨拶をしたのは課長だった。
「今日からこちらに配属になります田宮五郎です、宜しくお願いします!」
「いやぁ聞いてや、たみちゃん。うちらお笑い関連やってんねんで。なんぼエンタメ言うたかてUSJは管轄外やんか。そやのに、あんたんとこは大丈夫なんか?関わってへんのか?言うて問い合わせの電話朝からひっきりなしやで」
「は、はあ」
 突然のたみちゃん呼びから怒涛のトーク。何のことか一瞬分からなかった。しかしターミネーターの叛乱の件だとすぐ分かった。なにせ連日ニュースで報道している。
 建設会社の秘密裡の調査が招いた不運、そしてそれを正直に公表したこと。事故を起こした張本人S氏がどんな人間か。
 進展のなかった事件の急な展開は世間を賑わせた。
 そして今、噂によるとスパイダーマンがターミネーター達を糸でグルグル巻きにして制圧したらしい。最初は抵抗し糸を切ろうとしたもののスパイダーマンの説得によりかなり落ち着いてきたとのこと。
 USJ経営陣の杜撰なやり方も見えてきた。E.T.や恐竜たち、ターミネーターなど働き手への給与の末払いや悪質な労働環境。
 そして府民からの抗議や不満は関係のないはずのこの会社へも勘違いからか押し寄せているようだ。
 ただスパイダーマンの活躍もあり、真相も解明された事だし、これから落ち着いてくるだろう。
「なんやなんや、元気ないなあー!明るうやらなあかんで、お笑いの会社やねんから!な!ナントカくん」
「田宮です」
「よし、みんなー!」
とパンパンと手を叩いて社員達の注意を引く。わらわらと集まってくる社員達。
「鯉か!」
 自分で呼んでおいてツッコミをいれる。ゲラゲラ笑う社員達。
 何だかアットホームな会社だなあ、などと呑気に考えている田宮。
「彼が今日から配属になった宮田二郎くんや!」
「あ、いや、あの田宮五郎です」
 小声で訂正する田宮。
「…ツッコミはもっと大きな声で」
 課長がこっそり田宮にだけ言う。
「え?」
「ツッコミは、もっと、お、お、き、な声で」
 今度は、わざとみんなに聞こえるギリギリの音量のヒソヒソ声で言う。クスクス笑うみんな。
「え、え…あの…え?」
 慌てる新人に助け舟を出す社員達。
「よろしくな、田野宮四郎」
「よろしくぅ、宮宮十一郎くん」
「よろしく、東大寺大座衛門さま」
「た、田宮五郎です…宜しくお願いします」
 泣きそうな五郎。お笑いを見るのは大好きだが、自分がやることになるとは思わなかったし、そもそもボケだともすぐには気付けなかった。
 見るのは好きだが、やるのは苦手だ。もしかしてこんな毎日が続くのだろうか。初日で五月病になりそうだ。

「どうかな、新人」
「いつもこんな感じやん。あーゆーのに限って咲いたりするからなあ」
「そやなー。逆に最初からノリノリのやつは上手いこといかんかったりするからなあ」
 こんな会話をしている社員達だって最初は戸惑ったし悩んだのだ。まるで自分たちにはそんな頃が無かったかのような口ぶりだ。

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