僕が君を好きになったら世界はどんな風になるのだろうか。③
その速報は、件のウイルス感染で死亡者が出たというニュースだった。
4月に入ってからの死亡者はこれが初だ。
3月の下旬くらいから今まで、感染者が死亡したというニュースは特になく、感染者数も徐々に減少の傾向にあった。故に、誰もがそろそろ終息に近付いていると思っていた矢先だったのだが、都内に住んでいる30代後半の女性が亡くなったという。
「えー、またあ?」
「もう終わるんじゃなかったの?」
社内でも、あちらこちらからこんな声が聞こえていた。速報のため、このニュースを見ているのは彼だけではなかったらしい。
しかし、終息に向かっていたのもそうだが、今までの死亡者はこんな若い年代はいなかったはずだ。それがここに来て、一体何が起こったというのだろうか。場合によっては、今まで以上に注意を払わなくてはならない。
そして、送られてきたニュースに目を通すと、そこには「新型ウイルス」の文字があった。
(新型……?)
どうやら、今回の死亡者が感染していたのは今までのウイルスと同じ種類ではあるが、少し型が違うらしい。インフルエンザもA型やB型というように、ひとくちにインフルエンザと言っても色々あって、ウイルスの型が違えば、A型にかかったからB型にはかからないという保障はない。運が悪ければA型にもB型にもかかってしまう。
今回の新型も、きっとそういう風に元の型とはちょっと違うのだ。だから、特徴も違っていて、今までは死に至るほどではなかった年代も死に至るようになってしまったということだ。本当に年代関係なく、最悪の場合は死に至るということならば、ただ単に脅威が1つ増えたことになる。
これまでは、どちらかというと、体力のない高齢者が死に至るケースが殆んどだった。だが、今度の新型はそうではない。ということは、これまで以上に予防に努めなくてはならないし、これが同じように拡散されると本気で厄介だ。
亡くなってしまった女性は国内では初の新型感染者。まだ亡くなったのは1人だが、この女性は一体どこから感染したのだろう?まだ感染元は分かっていないそうだ。そして、危険過ぎるウイルスが発見されて、世間はどう対処するのか…今回は、感染者が出てからではもう遅い気がする。
しかし実質、どこからどう感染するのかも分からない目に見えない恐怖に対してなど、できることは何もないだろう。元のウイルスさえ、まだ完全に終息したワケではない。まあ考えたところで仕方ない。とりあえず、国や会社から、何かしらのお達しがあるまでは今まで通りだ。彼の会社が世間に与える影響は大きい。こちらは些細なことと思っていても、大体のことが派手に取り上げられ、大体のことが大事になってしまう。それ故にできるだけ慎重な対応を考えなければならないので、今すぐ対処するということも難しいだろう。
彼は1つため息をついて、スケジュール帳を開いた。今日は午後からクライアント先で打合せの約束がある。
そのため、ちょうど銀座へ行くので、その帰りにでもホワイトデーを兼ねた、彼女の誕生日プレゼントを見に行くか、と考えていたところだった。
しかし、恋人でもない何やら微妙な感じの女性に贈る物とは難しく(友達なら別に何も考えないのだが)、去年も散々考えて、結局自分が好きなアロマオイルにした。
やはり、自分がもらって嬉しい物が基本。その辺の雑貨屋に売ってるような安物でもないし、ふつう、女性はこういうの好きだよな、と自分の感性を信じて。結果としては喜んで頂けたようなので成功だったと思う。今年はどうしたものか。しかし、自分で言うのも何だが、究極な話、自分があげる物ならば、彼女は何でも喜んでくれそうではある。いや、きっと何でも喜んでくれるだろう。彼女はそういう人だ。
そういえば、先日のランチの時もこんな話をしていた。
お守りというのは不思議なもので、自分がこの人と思う人からもらったものならば、何だってそれになりうるのだと。私には、あなたから貰ったものならば例え、それがゴミでも大事なお守りになるのだと。だから、人が人を信じたり、思ったりする気持ちは強いのだ、彼女はそう言っていた。
ちょっといい話だなと思った。ふつうにお守りをもらった身としては何だが、彼女の話はとても腹に落ちる話だ。
まあそういうことならば、特別思い悩む必要などないのかもしれない。自分がいいと思ったものを準備したらいいだけの話だ。それでも思い悩むのが人なのかもしれないが。
というか実のところ、いつも色々考えてくれているであろう彼女には、ヘンなものもあげられないというプライドとか、彼女が年上であることとか、何だか色々なことが重なって、どうしてもカッコつけてしまうというのが本音なのだが。
まずは打ち合わせの後、だ。銀座の目ぼしいショップに入って、何かいいものがないか、リサーチしてみよう。
打ち合わせ後、彼は目的の商業施設へ行った。最近はずっと勉強ばかりだったので、久しぶりにキラキラした店内を見ていたら、こうして誰かにあげるものを選ぶのは楽しいものだなと、ふと思った。
平日の夕方というのもあるかもしれないが、まだ世の中ではウイルス感染の件が完全に終息していないせいか(しかも今朝は新型の話まで出てしまった)、店内はやはりどことなく人気が少なくて、ものを見て回るには混んでいなくて、むしろちょうどいい。
さて何がいいだろうか?コスメ関係なのか、それとも…。目ぼしいショップをひと通り見て回って、あれかあれ、もしくはあっちの…と、気になったものを絞っていく。そして何にするか決めたところで、今買って会社に戻ると、目立つな…と思って、結局、今日の帰り道にまた来ることにした。
会社に戻ってひと息ついたところで、他の階の会議室にいるという上司に呼び出された。自分が普段いる階は34階だ。上司は会議室ばかりがあるフロアの25階にいるらしいが、何故、呼び出されたのか、何の話なのか、電話口では内容まで教えてくれなかった。
(何だろう?何かした覚えは全くないんだけど)
呼び出された内容の検討もつかないまま、向かった会議室には、ドアを開けると自分の上司と、その他会社の人間が数名、そして、その他にもスーツの男女が数名いたが、そちらはクライアントという感じもしないし、制作系の会社とも思えない。
そして、そんな人々を前にしても全くどんな状況なのか分からず、知らず「あの…?」という言葉が口から出ていた。
すると、目の前の、上司でもない、会社の人間でもない、何でいるのか誰なのか分からない男女数名のうちの1人の代表者風の男が、クリアファイルに入った書類を彼に差し出した。
「その方をご存知ですか?」
「え…あ、はい」
そこには、彼女の写真と、よく分からないが名前やら何やらが書かれた書面が入っていたが、それでも全く状況が飲み込めない。
「あなたとお付き合いは…されていなかったのかな?彼女、亡くなりました。お気の毒ですが…」
「は…?」