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5年×365日記 #50_のりのこととか

こんばんは。
もう秋が来ないんじゃないかと心配していたら、ちゃんと冬到来。毛布にくるまってます。
いきなりすぎて秋どこ行った?ではありますが。


のりについて書いておきます。
初めてタイトルが最初に決まりました。
「のりのこと」とか。
とか、は私の弱気です。
ほかのことも書きたくなるかも知れないので。
でも、のりのこと。
のりはのりでものりこのことじゃないです今回は。
親友って言ったら今でものりこのことだけど、
じゃなくてのりのこと。
のりは弟です。
なんか身近な気分でいて、5年後生存率50%って話も最初に電話して知らせたんだけど、考えてみると私が上京したから私高3のり中3までしか一緒に生活していない。
お互い人生50年くらいやってきてて、だから全然知らないのに、変なもんです。
ただ、今気づいたけど、のりの方から連絡を寄こしたことはないかも。ということで私の一方的な押しかけ的な思い入れかも知れない。その割にTELすると深夜早朝問わず必ず受電してくれるのが不思議なんだよな。

のりとある年の元日まだ大人が寝静まっている日の出前に分厚い秋田魁新報の朝刊が配達されるのを待って二人で新春特大クロスワードパズルを解いていたことをなぜか鮮明に覚えている。ワクワクしたよね。
同じころのクリスマスの朝、お願いしていたのと全然違うプレゼントが届いて二人でがっかりした。
と思っていたけど、今あらためて振り返ってみると同じ頃だと辻褄が合わない…のりはまだ幼稚園生とかだったかも。
そういえば夏休みのある日の朝アイロンに触れて左手中指を火傷した時、お母さんはダイエーのパートに行ったからのりが水を張った洗面器を用意したりと私の指令に忠実に甲斐甲斐しく動いてくれたけど、あれものりはまだ小1とかだったのか。

のりはお勉強はそれほど出来なかったんだけど、まあまあ運動神経が良くて何より人望が厚かった。
…らしい。(何しろよく知らなくて…ごめん。)
まあでも、部活では小中キャプテンだったみたい。
高校でも部活やったらよかったのにね。

私も通った個人塾にのりも通って、で、のりは高校生、大学生になってからは帰省するごと講師バイトもさせてもらった。らしい。
知らなかったけど、この辺も人望エピソードだなと少々悔しい。私の塾だと思っていたらのりの塾じゃんか。



何を書き遺しておこうと思っていたのか、忘れてしまいました。
なんで書こうと思ったんだろ、そもそも。
年末または年始には温泉卓球しに秋保温泉行きたいです。

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