
自分の夢中に気がつく日
17歳、晩夏。
排気ガスに頬を撫でられながら、交通量の多い夜道を一人歩いていた。
赤い自転車を押しながら、さほど栄えてもいない駅前のカフェから移動して、塾へ向かう放課後。
そのころの生活といえば、5:50起床、早朝補習、放課後は駅で自習、夜は美大受験のための画塾、そして23:00帰宅というハードモード。
勉強も絵も好きだし、美大には絶対行きたかったから、ハードだったけど苦ではなかった。
ただ、勉強好きなら何となるか〜なんてお気楽な理由で、県内随一の進学校に入学したおかげで、学習スピードについていけなくなって焦っていた頃だった。
前から一人、同じ制服を身につけた人が歩いてくるのが見えた。
同じクラスのAだと気がつくのに、そう時間はかからなかった。
---Aは頭の回転が早くて、『一度聞いたことはすぐに覚える』と言っていた通り、授業中は爆睡なのにテストは満点みたいな人。
その飄々とした態度と、頭の切れ味に正直嫉妬していた。
私は反復学習しないと身につかないタイプの、泥臭い努力型人間だったから。
数学の授業でも、いつ当てられてもいいように前日にしっかり準備して来た私と、当てられてから黒板上で数式を用いて答えを導き出すA。
答えを事前に用意しておかないと不安な私と、突然スポットライトを当てられても動じないA。
羨ましかった。
すれ違うとき、向こうが私に気がつくのも早かった。
開口一番「どこ行くの?」と聞いてくる。
私「これから画塾行くとこ〜。絵の塾通ってて。」
A「あ〜美大行きたいんだっけ。頑張って〜」
それで会話は終わりかと思った。
でもAがポツリという。
「いいなぁ」
“いいなぁ”の意味がよく分からなかった。
天才と誰からも評価されていて、物事を理解するスピードが人より早くて、コミュ力もあるAの方が、私としては“いいなぁ”だったから。
Aは続ける。
「自分はさ、勉強できるけど別に楽しいわけじゃないんだよね。人より頭の回転早いだけ。行く大学も決めてるけど、“行きたい”じゃなくて“行ける”学力なだけ。」
「でも君はいいね。画塾に行ってるくらいだし、好きだから頑張れるんでしょ。好きなことに夢中になれるのって才能だよ。羨ましい。」
その時、夜だったのに目の奥がチカッと光ったような気がして、ふわりと心が軽くなった。
あ〜羨ましいと思っていた人も誰かを羨ましく思ったりするんだ!
『楽しい』『夢中』ってすごいことなんだ!
ありがとうの意味も込めて、
私も今までAに感じていた『羨ましさ』や『憧れ』の話をしたら、
Aは照れくさそうに笑った。