「羽化シーン」のない『モスラ』の話
1970年代末~1980年代前半ごろまでは、池袋文芸坐の「スーパーSF 日本特撮映画大会」や大都会の各種映画館におけるオールナイト上映などで『モスラ』が上映されるときは、いつも「フィルムが飛んで羽化シーンがなくなっている」状態のものが上映されていました。
これはどの上映でもいっしょで、もう当時は『モスラ』の羽化シーンを見ることはできないんだ、という空気ができあがっていました。
「繭かけた次の瞬間に成虫になった」は言いすぎ
しかしそれがだんだんと誇張され、しまいには「繭かけた次の瞬間に成虫になった」などと言われるようになってしまっているわけです。いくらなんでもそんな極端な状態ではなかったはずなんですがね。
「繭かけた次の瞬間に成虫になった」~「話が急で驚いたでしょう」は、オールナイト時代を語る冗談としては楽しいのですが、実際にはどうだったのかというのはちゃんと記録しておかないと、さらに話が盛られまくってますます茶化されるだけになってしまいそうなので、自分の記憶だけでも残しておきます。
実際に欠落していた箇所
自分は世代的な問題+オールナイト上映会など存在しない田舎者だったので、残念ながら文芸坐やオールナイトでその状態の『モスラ』を見たことはありません。
しかし1981年夏に行なわれた「第一回アマチュア連合特撮大会」のメインプログラムとして同じフィルムが使われており、自分はそれをかろうじて見ることができております。自分ぐらいが、この「羽化シーンのない『モスラ』」を見ることができた最後の世代なんじゃないかなあ。
第1回特撮大会のメインプログラムのひとつとして上映されたときの『モスラ』のフィルムは、ロリシカでの「歌エ! モット歌エ!」からM-35、小美人の「モスラ~」歌い出しのあたりまではあったと思います。
次の、繭が割れて成虫モスラが頭を出すショットからは、間違いなくそのフィルムにはありませんでした。
完全に羽化した成虫モスラが羽ばたきはじめ、その風圧で原子熱線砲が揺られ、戦車が動かされ、ジープが飛ばされるM-36一杯までの、東京タワー周辺の映像がまるまるなくなっていました。
ちなみにM-36のラスト、モスラがロリシカに向けて飛び去るラストカットに、ビデオソフトやLDなどではパンチ穴が残っています。フィルム全7巻組の全長版『モスラ』のここまでが第6巻。
そして次のシーン、つまり第7巻冒頭のロリシカでのラジオニュース以降はまるまる残っていたと記憶しています。
ということで、問題の「羽化シーンがない」とされる『モスラ』(全長版)上映用35mmフィルムは、全7巻セットのうちの第6巻ラスト部分、時間にして2分ちょいの部分が欠落していたのだと考えられます。
いくらなんでも「繭かけた次の瞬間に成虫になった」なんてことはなかったはずです。
どうしてそんなフィルムができたのか
しかし、どうしてそんな「羽化シーンだけが欠落したフィルム」ができてしまったのか。
どこかで『モスラ』の上映があったときに、なんらかの手段を使ってそのフィルムからこの映画の究極の名シーンである羽化シーンだけをチョン切ってパクッちゃった、とかそういうスケールのドでかい「映画泥棒」のせいだったんじゃないのかなあ。昔は35㎜のフィルムコレクターとかもいたんだもんねえ。
偶然にも「第6巻のラスト部分」という、切り出しやすい位置だったのがよけいに災いしたのかも。これがだいたい1巻あたり15分ぐらいあるフィルムロールの中間部分とかだったら、切ったとしてもそのあとにまたつながないといけなかったりするだろうから、さすがに切り出すのもむずかしそうだもんね。
第一回アマチュア連合特撮大会 メイン会場と「Gの部屋」
1981年夏の第一回特撮大会での上映前に、「今回は東宝からいちばん長い『モスラ』のフィルムを借りてきました。もし今回のフィルムに羽化シーンがなかったら、東宝には『モスラ』の完全版はない、と言ってもいい」という実行委員長の説明がありました。
ようするにこの当時、東宝が外に貸し出すことができる『モスラ』全長版の上映用35㎜プリントはこの1セットしかなかったんでしょうね(ほかに短縮版はあったはず)。
もちろん、ネガはまたべつの問題。当時はネガからニュープリントすればいつでも完全版を作り直せる、などという知識を一般の人たちは持ち合わせていなかったのでした。
(そしてまさか「カットした部分のネガがなくなっている作品がある」などというさらなるドロ沼が待ちかまえていたとは……!)
なお、第一回特撮大会で小部屋企画「Gの部屋」を主催していた「日本特撮ファンクラブG」(2024年現在でも活動中)の当時のスタッフのみなさまは、『モスラ』上映時間の冒頭にメイン会場に偵察に行き、冒頭部分だけを見て「あ、これはいつも見ている羽化シーンのないフィルムだ」と判断し、早々に小部屋に戻ってきたのだそうです。
この方々は、当時すでに冒頭部分のフィルムの痛み具合やコマ飛びの具合で「いつもの羽化なしフィルム」と判断できるだけの知識と経験を持っていたわけですね。おそロシリカ、いやロリシカ。
(脚本第一稿の国名は「ロシア+アメリカ」=「ロシリカ」でした)
一応、念のために羽化シーンだけは確認しに行ったそうですが、やっぱりいつものフィルム。なのでメイン会場での上映終了後に「G部屋」で、こんなこともあろうかと考えてあらかじめ用意していた「羽化シーンが入っている8㎜フィルムをテレシネしたビデオ」を上映して大ウケだったとか。そこまで予想していたなんて、まったくとんでもねぇ人たちだな。
チャンピオンまつり『モスラ』短縮版
1975年正月興行の「東宝チャンピオンまつり」において、メインプログラム『燃える男長島茂雄 栄光の背番号3』(音楽は冬木透。聴けばすぐわかる!)の併映として、『緯度0大作戦 海底大戦争』と『モスラ』の短縮版が上映されました。
短縮版のタイトル部分は東宝マーク(スコープではないのでここでも判断がつく)のあと、音楽がモスラ誕生M-22に差し替わっていて、名場面がいくつか差し込まれたあとで『モスラ』のタイトルが出ます。
なので昔の各種オールナイトで「今度こそ羽化シーンのある『モスラ』が見られるかも!」と期待して来た観客たちは、タイトル音楽がM-22になると「ああーっ(落胆)」という声があちこちから上がったのだそうです(笑)
この短縮版はオリジナル101分2,757mを、62分1,688mにまで縮めたすごい短い『モスラ』。しかしこれが侮れない。ドラマはほんとにものすごいテンポですっ飛んでいくけど、主要な特撮名場面はだいたい残ってる。
もちろん羽化シーンもちゃんとあります。モスラが羽根を広げるショット(このページのいちばん上に貼ってある)と、その前後の本篇がちょっと切ってあるぐらい。音楽のない部分をちょこっとつまんだだけで、M-35とM-36はまるまる残っています。
なので「羽化シーンのない『モスラ』」が存在した時代は、「羽化シーンがないけど長尺版」か「羽化シーンがあるけど短縮版」のどちらかしか見られない、という時代だったのでした。
ニュープリント、ノーカットで『モスラ』が見られる!
Twitterでの有識者さまの発言によると、1979年夏の「日劇ゴジラ大会」のときの『モスラ』もこのフィルムだったようです。このころからもうすでに『モスラ』上映用35㎜はこの1セット(全7巻)だけだったんでしょうね(あとは62分しかない短縮版)。もし同じ時期に関西などほかの地方で『モスラ』(全7巻)が上映されたときも、きっと同じ状態だったのではないでしょうか。
その状態が解消されたのが、1982年に開催された「東宝創立50年」の名作映画上映イベント。このラインナップの中に『ゴジラ』『ラドン』『モスラ』3本立てがあり、それらがすべて「ニュー・プリント上映」だというのだからさぁたいへん。いままでずっと「羽化シーンのない『モスラ』」を見続けてきたマニアたちが大集結。
ところが当時の自分はそのすごさがいまいち理解できず、「先輩たちはなんでそんなに騒いでいるんだろう?」と思った記憶があります。
余談。「東宝創立50年」の名作上映は全国主要都市でも行なわれたそうで、さらにそのときの予告篇大会フィルムには現在失われている『日本誕生』や『世界大戦争』、『忠臣蔵』などの予告篇も入っていたそうな。
そして翌年の復活フェスティバル『ゴジラ1983』ラインナップの『モスラ』ももちろん完全版。あっという間に『モスラ』はノーカット版が見られるのがあたりまえの時代になってしまったのでした(「洋上のモスラ殲滅作戦のカット入れ替わり問題」は未解決でしたが)。
【追記】
1976年にも「東宝50年」と同じような名作上映イベントが日劇であったそうで、そこでも『モスラ』はニュープリントが焼かれているそうです。
映画一本まるまるニュープリントすると、これは他社の例ですが1作品あたり数十万からそれ以上のお金がかかるそうです。せっかくそんなお金をかけて1976年に焼かれたというニュープリントの『モスラ』がその後も貸し出し用として稼動していれば、「羽化シーンのないフィルム」なんて用がなかったはずなのに。
ともあれ、結果的になんらかの理由で以後そのニュープリントのフィルムがほかの機会の上映用に使えなかったがゆえに、「羽化シーンがない」騒動があったということなんでしょうね。
さいごに
「東宝50年」や『ゴジラ1983』から10年以上あとの1993年3月6日のオールナイトで、羽化シーンのない『モスラ』が上映されたという情報があります。あのフィルムはそんなころまで残ってたのか!
また、自分はほとんど遭遇せずに終わってしまったのですが、東宝マークだけ『×ストラダムス』と差し替わってる『エスパイ』とか、天本英世が出る直前でフィルムが飛ぶ『マタンゴ』とか、ほかにもいろいろ「いつものフィルム」があったらしいですね。
当時を体験した諸先輩方の「オールナイトあるある」話をもっと聞きたいなあ。
そして21世紀も1/5が経過し、4K画質、洋上のモスラ殲滅作戦の画面入れ替わり修正、4ch立体音響、序曲復元の『モスラ』4K版が『午前十時の映画祭11』で上映されたのが2021年末(2022年正月)。長い時間がたちました。
※もし読んでおもしろかったら「♥」ボタンを押してくださいませ。
よかったら、すぐ下の「すべて見る」から、自分のほかの記事も読んでみてください!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?