きわどいはなし~若手お笑い芸人の同居ルール
「これから、この部屋でお前と一緒に暮らしていくわけだけどさ。」
「うんうん?」
「境界線、どうしよっか?」
「はあ?」
てけてけお笑いボーイズ、という売れそうにない名前で、大阪ではまあまあ、名前を知られたふたり。上京して、これから拠点を東京に置くのだ。
ツッコミのマサが、ヘンなことを言いだす。
ボケのサイトウは、さっぱりわからない。
まだまだ、バイトもしなければならない若手なので、一緒に住むことにした。六畳一間に、バストイレ付き。3畳くらいのキッチンスペースもある。
「ああ、寝るときのことね。」
とサイトウは笑い飛ばす。しかし、マサは全く笑わない。
「そうじゃないよ。この部屋の境界線。プライベートスペースをどう作るかっていうこと!」
イライラしながら、マサが言う。
サイトウもなんだか、イヤな気分だ。
「そんなの、真ん中でいいんじゃないの?」
「しかし問題があるんだよな。」
と言って、マサが指さす。
「ほら、真ん中で区切ると、奥側のほうには、床の間があるだろ? そっちのほうがちょっと得じゃん。」
うーん、まあそうだけど、とサイトウは思う。
「だからさあ、床の間の分、キッチンのスペースをお前にやるよ。うーんと何センチ×何センチかな~。」
びっくりしたサイトウが言う。
「ちょっと待ってよ。キッチンにそんな中途半端なスペースをもらっても困るよ。
「じゃあ、ベランダにする?」
また、マサがヘンなことを言いだす。
「ベランダの窓側半分やるから、それでどうだ?」
「ベランダには洗濯機を置くじゃん。」
「洗濯機の部分を除いて、窓側、つまり外側半分だよ。」
「そこもらって、洗濯物はどうやって干すの?」
「つまり~、オレは窓側には一切足を踏み入れないから。洗濯物はしょうがないだろー。」
「それって、洗濯物が外側に出て、領空侵犯になるじゃん!」
サイトウは、断固として言った。
こんな細かいやつとは思わなかったな―。
「でも、それじゃ洗濯物が干せない……。」
「だからあ、そんな半分こがヘンだっていうの!」
わあわあ、ギャーギャーと、境界線問題の議論は朝まで続いた。
数日後。
キッチンスペースに、ベッドが置かれている。
サイトウのベッドだ。
その横に、天井まで伸びた洋服ダンスがある。
また、天井にフックをつけて、衣装でベッドを囲んでいる。
うん、プライバシーの侵害もなさそうだ。
入口からトイレ前を通り、30センチのところに、赤い線がひかれて、六畳の部屋を通り、ベランダまで続いている。
そう、ふたりは、トイレとベランダは共同とし、赤い線内は、共同地域とした。そして、30センチ減った六畳はマサが、キッチンスペースとバスルームうをサイトウのスペースとしたのだ。
押し入れも、半分ことした。このとき、サイトウがマサのスペースに入ることになるが。それはオッケーということにした。
図面を見て、検討したところ、この境界線により、ふたりは公平に自分のパーソナルスペースを確保できることに気づいたのだ。
「まさか、マサが風呂もキッチンもオレに提供するとは思わなかったな―。」
そう、マサは、風呂もキッチンも使えないのである。そこは、サイトウのスペースだからだ。
そこまでしても、マサは大変ご満悦である。
「これで、きっちり半分のプライベートスペースができたなあ。」
30分の赤の線内から出ないように、トイレに行くのはけっこう大変だ。
まあ、いい。風呂はお風呂屋さんに行けばいいこと。
ああ、きっちり半分こって、なんていいんだろう!
マサはこころから満足している。
こうして、二人納得した境界線生活が始まった。
ふたりはキッチリ、境界線ルールを守った。
数年後。
せっかく上京したふたりだったが、てけてけお笑いボーイズが、東京のテレビで見かけることは一切なかったという。
よろしくお願いいたします!
よろしければ、サポートお願いします! いえ、充分、サポートされていると思うのですが。本当にありがとうございます!