短短ならで小物語なりき。 れな続き。古文に読む「大物培ひ案」
しじまを破る放屁の音が室中に響き渡りき。
「ほんっとうに、父にはきんてふかんなるがなきぞ。母がかくこころばめばいふに!」
虚像をまもりつつ、プンスカ怒る、れな言ふ。
さ、早く過ちしわが代はりに、今、最も危ふく、畏く、そこはかとなく歩めるは、わが妻なり。
地上百五十米の、縄の上を。
加奈陀の渓谷よりの中継なり。放屁などせるついでならず。
「こころばめ、母。あと、あからさまに。あ、父、くさし!」
手に汗を握る静けさの中、むすめばかりが妻応援し、また、わが放屁にも反応せり。
「むすめは、はやくおいらかなり。それにあはして我は……」
先月のこと。「千鳥のここ渡られば百万円」といふ虚像番組にいで、綱渡りに挑みき。
江戸円蓋市のいだし物に渡されし綱は、地上十五米ほど。さるは、命綱付きなり。
妻とむすめが応援すればいふに、一歩、かくて二歩目に、わがからだは、宙を舞ひき。なんとなれば、命綱付きなれば。
「絵にならねば没」と言はれ、スゴスゴと帰らむとせるほど、預かりに食ひてかかりしが、妻なりき。
「をひとが何歩に落つとも、虚像に映らずとも殊によけれど、むすめをおいらかにするために、この落ちは我が家の教へやうにわろし!」
と言ひいだし、てづから、加奈陀の綱渡りに志願せり。もとより命綱はあらず。あな、我にはえず! 妻もむすめも、十分、おいらかぞ……。
「やりき! やりきい! 母、ゆゆし!」
虚像を見る。画面には、百米の長さの綱を渡りきりし、満面の笑みの妻のさまありき。
息は上がり、汗だくながら、即、虚像の会見を受けたり。
「よき、なほ、親にてかばかりのことは、むすめに見せばやと。よき、なほ、むすめにはおいらかにならまほしければ。」
妻……いや、母。など、そんなにれなを、おいらかにせまほしきなり。されば、大物はなになり? 母がさるゆゆしきことせずとも、れなは十分、大物の階段を登れるぞ……。
ふと、れなるはうを見き。
虚像の前に腕組みし、仁王立ちせり。かくて一言。
「うん、母。よく言ひき!」
よく言ひき? よくやりし、なればあらで? そのときなりき。虚像にうちいづる妻に、異変おどろきき。
「ぶう」
放屁なり。顔がみるみると真っ赤に……。あな、例の、母なり。
再度、れなを見る。
「ぷう」
れなは仁王立ちのまま、眉ひとつ動かさで、放屁せり。おいらかなり。大物のみ見ゆ。
その場紛らはすべく、かかることを聞きき。
「や、れぞ。れなは、大きにならば、何にならまほしき?」
腕組みし、仁王立ちしたれなが、虚像をまもりしまま言ひき。
「え? およめ。二くみの、りくとくとあふ。」
さりかー。 さだめて、母よりもゆゆしき、大物なほよめになるるぞ。りくとくは……しあはせものかな。
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