カイロでインターンしていたこと
ドイツに文化財保存の勉強をするために移住して、大学院在学中はエジプトに交換留学できる機会があり6ヶ月間(2023年9月〜2024年2月)カイロに滞在していた。滞在中は混沌とした街の中でサバイブすることに精一杯で、日々感じたことをどこかに書き留めることもなく一年が経ってしまったけれど、ドイツで仕事を始めて色々落ち着いた今、まだギリギリ記憶が擦り切れない内に当時の経験を書いておきたい。道の奥に見える大きなモスクがほこりっぽい空気の中で霞んで妖しい存在感を放っていたことや、家の格子窓の隙間から入ってくる光がキラキラと輝いていたこと、少しずつ文字に残しておきたい。
私が半年間住んでいたのはAl-Darb Al-Ahmarと呼ばれるカイロの歴史地区。普通、留学生や駐在員はZamalekやDokkiといったもっとモダンな地区に住むので、私が住んでいる場所を教えるとエジプト人からもどうやって生活しているのと驚かれた。Darb Al-Ahmarはアズハルモスクやスルタン・ハッサンモスクなど有名な文化遺産がごろごろあるのでカイロを訪れる多くの観光客が訪れる地域だが、住んでいる外国人はほぼいない思う。道でロバや羊に遭遇することもよくあるし、チェーン店のファストフード店やカフェも進出していない。もちろん極東アジア人なんて住んでいなくて珍しがられたのか(東南アジアのイスラムを学ぶ学生はたまに見る)、家に帰る道ではサンドイッチ屋のおじさんも果物屋のおじさんも手を振ってくれた。
そんな地域になぜ住んでいたのかと言うとBayt Yakanという文化施設があって、私はそこで住み込みインターンさせてもらっていたからだ。ここは元々15世紀に建てられたお屋敷だったが、段々と荒れていき、20世紀半ばに肉屋がオーナーになってからは家畜が放し飼いにされるような場所になっていた。そこを建築修復家のAlaa el-Habashiさんと伝統工芸の先生であるOla Saidさん夫婦が買取り自分たちで修復を始め文化施設に改装した。今では伝統工芸のワークショップ、美術展、パフォーマンス、トークイベント、アーティストレジデンスなど多彩なプログラムが行われている。最近ではNew York TimesやKinfolkなど大手メディアやSNSにも取り上げられ、一般開放日には図書室でTikTokの動画を撮りにくるティーンエイジャーたちもよく見かけた。私はここでオーナーのAlaaさんが関わっている文化遺産の保存修復プロジェクトのリサーチやプロジェクトマネジメントなどを手伝わせてもらっていた。
こういう歴史地区にある廃墟や空き家を買い取って文化施設にする例は他にもあるが、Bayt Yakanが素晴らしいのはエジプト国内外の研究者の間で有名なだけではなく、地元のコミュニティにも同様に愛されている場所だということ。大学教授や研究者がイスラム建築について講演することもあれば、近所の子ども向けの伝統工芸ワークショップや劇、地元の人もインテリ層も一緒になって楽しめる展覧会が開催されていることもある。こういう文化施設がジェントリフィケーションに加担してしまう事例も聞くが、Bayt Yakanに関してはそんなものとは無縁の稀有な取り組みだった。今後の投稿ではもっと詳細なプロジェクトの内容なども紹介していく。