武術太極拳で言語化する
ここ最近、様々な分野で言語化することの重要性を聞く。では言語化することで具体的にどのようなメリットがあるのか、そしてどのように言語化するのがいいのか、武術太極拳を例にとって述べてみたい。
先ず、言語化することのメリットは、脳の負担を減らすこと、再現性を高めること、この二つがあると思う。
脳の負担を減らす
武術太極拳では、一つの動作に多くの指摘を受ける。例えば「身体をくの字に曲げない」「お尻を後ろに突き出さない」「股関節を前に出すように」など。しかし今挙げたこの三つの例はどれも「身体を頭からつま先まで一直線にする」という一言でも表すことができる。
武術太極拳では複数のコーチから学んだり、同じコーチでも時と場合によって言い方が変わることがある。その為たとえ同じことを指導していたとしても、そのときの言い方や伝え方は多様にある。
しかしそこで指導されたことを言語化して一旦冷静に考えてみると先の例のように実は同じことだという発見がある。
先の例のように動作の最中に三つの内容を頭の中で意識することは難しい。特に跳躍動作の場合、足の踏み切りから着地まで僅か約1秒の間で指導されたことを実現しなければならない。跳躍中の僅か1秒の間に一つの言葉でまとまっていた方が思考の負担も少ない。
このように言語化することで、その指導された内容の本質を見直すきっかけとなり、その結果動作中の脳の負担を減らすことができる。
再現性を高める
武術太極拳は採点競技、芸術スポーツである。それは普段練習していることを本番の競技コート上でも同じクオリティで行わなければならない。
言語化せずに感覚だけで行っていた場合、例えば跳躍中、手の高さ、頭の角度、力の入れ具合などを身体の感覚で覚えなければならない。練習中はそれでもいいかもしれない。しかし本番では緊張やプレッシャーによってアドレナリンが出て練習通りのコンディションにはなりにくい。その状態では練習時と同じ感覚になることは難しい。
しかし言語化できていると、例えば頭の中で「身体を頭からつま先まで一直線にする」と一つ唱えるだけで身体はそれを再現しようとする。言語化は身体を同じ動きにさせるためのスイッチみたいなものだ。
また指導という面でも言語化は役に立つ。
例えば曲げてる肘を指さしながら「ここをこうする」と言うよりも、「肘を30°曲げる」と伝えた方が伝えられた側も音声情報で覚えやすい。
指導された側は指示語で言われたことよりもより具体的な言葉で言われた内容の方が後になっても再現しやすい。
コーチの指導内容を選手に継続して再現してほしければ、このように具体的な伝達が必要になる。
もちろん言葉だけでは説明しきれないことや、言葉の選び方・捉え方で誤解を生んでしまうこともあるので注意は必要になる。
このように試合中にも練習と同じクオリティで行うこと、また指導の場で選手が継続して覚えているように目指すこと、この二つの再現性を言語化は担っている。
どのように言語化するか
以上に説明した言語化のメリットを得るためにどのようにしたらいいのか。
一つの方法はノートなどに直接書いてみることだと思う。
人によるが、僕はノートに直接ペンで書くことをお勧めしたい。スマートフォンやPCに書くことも良いが、瞬間的に考えたことを表現することにおいては、やはりペンで書くことが一番慣れているのではないか。僕も自分の日誌にはノートとペンを使う。
技術の本質を言語化するにあたっては、先ず指導されたことを手当り次第複数書いてみる。次にその内容を同じカテゴリでグループ分けする。すると先の例のように同じ動作に対して複数の言葉で表現されているものが見つかる。そうした同じ内容のものを自分で落とし込みやすい言葉に変換して本質的な言語化ができる。
僕はこの方法で跳躍難度について10個くらいの内容を3個までに減らして、その3個の内容はここ数年間変わっていない。少なくとも自分の中では本質を得た内容に収まったのだと思う。
あとは人に対して指導する場でも言語化が培われると思う。
指導する場合、最初は「ここをこうする」のような指示語を用いた説明でもいいかもしれない。ただそれだけでは相手も理解しにくいので、相手が理解することを目指して伝え方を色々工夫することが、適切な言葉を見つけるのに役立つ。
僕自身も太極拳を指導している中で、生徒さんからよりわかりやすい言葉で言い換えてくれることがあり勉強になる。
ジュニア選手は他の選手に教えることで、教えた側の方が上達することもよくある。指導を通して技術の本質を掴んだからこそ上達するのだと思う。
今ここに挙げた方法例は決して全ての人に当てはまるわけではないと思うし、既にこうした言語化ができている人にとっては異なったアプローチになるかもしれない。
だが方法はどうあれ、言語化していくことは先に述べたメリットがある。
まだまだ発展の余地があるこのスポーツだからこそ、言語化を積極的に推し進めていきたい。