姉を愛した侍

 前世鑑定にてお話ししてくださった方の語りです。
 体験者ご本人の許可を頂いて公開しています。

姉を愛した侍

 父は紀州で書き物方のお勤めをしておった。母はわしが生まれた時に弱ったか、すぐに亡くなったそうだ。姉と叔母が母代わりに育ててくれたが、物心つく頃には、もう鬱屈しておったな。
 嫁を取って家を継ぎ、仕事を継ぎ己の居所を構える、というのは、できんかった。

 姉上のことを好いていた。許されんこととは分かっていた。言うたことはない。だが、姉に縁談が来て嫁ぐとなったとき、どうにも我慢ならんで、家を捨ててしもうた。逃げたんじゃ。お勤めからも家からも、姓すら捨てて、逃げたんじゃ。
 祝言の席にも出ず、白無垢の姉上を遠目からみて、打刀を一振りだけ持ち出して出奔した。
 白無垢の姉上は美しかった。それだけ目に焼き付けた。

 そのままどれほど旅をしたか、旅と言えるもんでもなかったが、山裾の村でしばらく休ませてもらった事がある。気持ちも体も疲れ果ててな、そこになんとなく住み着いた。
 刀を持っていたせいか、村ではそれなりに扱ってもらったな。農民も戦に出る事がある。村や女子供を守るためには強くなければならんかった。お上の起こす戦でも、野盗や質の悪い浪人どもとも何度か共に戦ったことがある。
 畑を手伝ったり、山に入って竹を取って、竹細工を作って暮らした。武士も内職をするからな、昔から慣れた作業じゃったが役に立ったようだ。

 三十六か、その頃に死んだ。数えていたわけでもないからおおまかにじゃ。しばらく床に臥せったが、村の娘がよく面倒を見てくれてな、死に目も看取ってくれた。

 姉上、愛していた。
 無沙汰を謝りたかった。
 幸せになってくれて良かった。

 次は違う形で傍に生まれてくるからな。


補足
 
わたしはこの時代、この方の叔母にあたる人でした。前世鑑定をすると時々あります。今生で関わりのある人間関係は前世でも関わっていることが多いようです。
 この方を看取った娘さんは、今は体験者の娘さんとして傍にいます。

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