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めくらやなぎと眠る女

フランス人のピエール・フォルデス監督が見た東京の風景が、実際の東京の風景とちょっとずつズレていて、その絶妙なズレ具合がぴったり村上春樹の小説の持つ世界観と重なってて、なんとも奇妙な世界になっていた。
監督は「自分が日本の風景をどう感じたか、をかたちにした」と言っていて、家もホテルも街並みも空港も、とても味わい深いかたちになっていて良かった。

中でも「かえるくん、東京を救う」に出てくるかえるくんは、サイズ感といい声色といい、まったくおそろしいくらいそのまんまのかえるくんで驚いた。
監督は「原作に忠実であろうとするのではなく、原作に対する私の解釈に忠実であろうとした」と語っている。なるほど、納得。

監督が読んだ小説の解釈がそのまま今作の表現に繋がっていて、それは自分が小説を読んだ時に感じたものとリンクして、とても気持ちが良かった。
実写ではなくアニメーションだった事も良かった。抽象度が高い方が、より自分が感じたものとの親和性が高いからだ。
暗闇の中、地下におりていく描写がたくさんあって、自分の靴(スニーカー)を見つめるシーンは何度も何度も私が見たそれだった。

村上春樹の小説を読んでいると、どの主人公も、深く暗い場所へ何度となく降りていくのを共に体験する。
それは時間をかけて何度も何度も自分が目を背けてきたものに向き合う作業で、つらく、苦しく、でもいつかは成さなければならない、そういう作業だ。
今作でも、主人公(のひとり)小村は自身の喪失と向き合う事を余儀なくされる。

パンフレットもオシャレで面白かった

監督が映画化にあたって「本当の事を言うと、一番の候補はドライブ・マイ・カーだったんです」と語っていたのが面白い。
でもすでに映画化が決まっていたので、今作に至ったと。
フォルデス監督のドライブ・マイ・カーも見て見たかったな。

いなくなった猫の名前がワタナベノボルになっていて、あれ、ワタヤノボルじゃなかったっけ?と思って原作を見返したら、「ねじまき鳥クロニクル」の中ではワタヤノボルだったんだけど、「ねじまき鳥と火曜日の女たち」の中ではワタナベノボルだったんだね。

いくつかの短編を繋ぎ合わせた作りになってはいるんだけど、もともと村上春樹の創作自体がそういう特性を持つので全然違和感がなかった。
311の震災の取り込み方も非常にナチュラルで、絶え間なく流れるニュースを呆然と追ってしまうキョウコと自分を重ねた人もいるのでは。

あまりやってる映画館が多くないのですが動画になったりしたら見て欲しいな。
あのかえるくんに会える、という一点だけでも、ものすごい価値があると思うんだよね。

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