【ライブリポート】山下達郎7・9中野サンプラザホール
「TATSURO YAMASHITA PARFORMANCE 2017」7月9日中野サンプラザホール (大川原通之)
学生だった30年ほど前、冬の北海道を一週間近く電車で旅行した。旅の友は、黒澤明のスタッフたちのインタビューを集めた『巨匠のメチエ』という1冊。それぞれのポジションからの証言によって黒澤明の映画づくりが浮き彫りになるという本で、旅の間中何度も読み返しても飽きなかったのは、クロサワの映画もさることながら、現場自体がすごかったということなのだろう。
当時は、クロサワ映画はまだ完全にはビデオ化されていなかったのだが、偶然にも札幌の名画座でクロサワ特集が掛かっており、「姿三四郎」の正続2本立てを見ることができた。のちのクロサワ映画の魅力の萌芽は見える作品だったが、柔道黎明期の時代を描いており、柔術と空手の戦いや、ボクシングとの異種格闘技戦など、現在の視点から見ると興味深いシーンがいくつもある映画だ。
そして、旅のもう一つの友が、山下達郎のライブアルバム『JOY』だった。2枚組合わせて22曲をテープにダビングし、夜中走る電車の席でウォークマンで繰り返し繰り返し聞いたのだった。『JOY』は、その時点での山下達郎のベストアルバムともいえる、最高のロックンロールアルバムだ。
暗闇の中、車窓の外に目を凝らしても、雪原や雪の林が広がるばかり。そんな中、イヤホンから聞こえる「DANCER」や「LOVE SPACE」の客席と一体となったライブ演奏が、妙にマッチしていたりしたのだった。
その後も『JOY』は、クルマを運転する際にも、iphoneで音楽を聴くようになった今でも、ずっと聞きこんできた。そのせいか、山下達郎のライブにこの7月、念願かなって初めて参加したのだが、不思議と初めてのような気がしなかった(もちろん、TOKYOFMのサンデーソングブックでライブ音源を聴いていたということもあるかもしれない)。
私が参加したのは、「TATSURO YAMASHITA PARFORMANCE 2017」7月9日中野サンプラザホール。ツアー49本中の34本目だが、東京・中野サンプラザ公演の最後ということもあり、山下達郎本人もステージ上で言っていたが、千秋楽のような雰囲気さえ若干漂っていた。
今回のツアーは当初、2016年がアルバム『ポケットミュージック』発売30周年だったこともあり、『ポケットミュージック』をリマスターして再発し、それに合わせたツアーになるはずだったという。結局、『ポケットミュージック』のリマスターはリリースされなかったのだが、それでも当日は何となく『ポケットミュージック』を意識したセットリストになっていたように思ってうれしかった。
アルバム『ポケットミュージック』は山下達郎がそれまでのアナログレコーディングから、デジタルレコーディングにチャレンジした作品でもある。当時、山下達郎がNHK-FM「サウンドストリート」月曜日の佐野元春の回にゲスト出演した際に、「時代の変化でデジタルになっていくのは仕方がないし、それに対応していかなければならない。しかし、アナログレコーディングと同じレベルのものがつくれなければ、デジタルでやる意味はない」といった趣旨の話をしていて、とても心に残ったのだった。
そのせいもあってか、山下達郎自身による作詞も本格的になってきた時代の作品ということも反映してか、アルバム『ポケットミュージック』は少し内省的な印象のサウンドで、私はとても好きな作品だった。なので、今回のツアーもうれしさがさらに増したということもある(ちなみに、アルバム『ポケットミュージック』はその後、リミックス版が発売されているが、いくぶん明るめのサウンドになっている。私は旧盤の方が好きだ)。
ライブで演奏された曲はどれも心に残ったが、鈴木雅之に提供した『Guilty』のセルフカバーと、ポケットミュージック収録の『THE WAR SONG』が、とりわけ印象深かった。
ポップミュージックにとって、いつまでも色褪せないというのはとても素敵なことだが、『THE WAR SONG』に限って言えば、色褪せないどころか、発表当時よりもむしろ今現在こそ胸に迫ってくるということに、改めて考えさせられた。
ライブに参加しながら私は、山下達郎は「愛しくて愛しくてたまらない気持ち」を描くミュージシャンなのだな、と感じたりもした。ドーナツ・ソングも潮騒もターナーの汽罐車も。曲に描かれる情景も、あるいは山下達郎自身の曲をプレイする姿も、いろいろな「愛しくて愛しくてたまらない気持ち」に溢れていると感じた。
バンドの演奏は手堅く、終盤に向けてのグルーブ感は評判通り最高だった。
ツアーはその後、新潟、名古屋、九州、北海道を経て、8月31日の長野で49本千秋楽。さらに、9月17日の氣志團万博でちょうど50本となる予定。