或る年末の話
夜来の雨もあがり、強い日射は小春日和と言った様相だ。
屈んで草を抜き、葉を取り掃っていると、上衣を脱いだにも拘らず汗ばんで来る。
雲は遠くにしか見えず、先月は紅く色彩っていた周囲の林は、もう冬支度を済ませたようだ。
旧天皇誕生日、僕は月例の墓掃除に来ていた。
令和になってからは平日のようで、他の墓参客も疎らだ。
尤も、12月23日は世間的にはクリスマス前と言えるのかもしれないから、墓参、墓掃除をするという発想は希薄だろう。
僕にとって祖母は、もう一人の母だ。
実の母は、父と共に働いていた。
炊事、洗濯、掃除、買出し等の家事全般は祖母がやっていた。
稀に授業参観にも来てもらった事もある。
一般的なおばあちゃんよりも親密だった。
贅沢にも、僕には二人の母が居る事になる。
生前の祖母には碌に恩返しも出来なかった。
その罪滅ぼしという訳では無いが、勝手に月命日近辺にふらりと墓にやって来て、勝手に掃除し墓石を磨いている。
そうこうやってる内に或る時にその事を父に話したら、えらく喜んでくれた。
その喜んでくれた父も、今は泉下の人だ。
母は元気に健在だが、唯一、膝が悪い。
実家から割と遠い場所というのも、中々来られない理由の一つだろう。
罰当たりなのか不明だが、ここ最近は、訪れた際に携帯電話で写真撮影している。
墓石を中心にして数アングルを、縦だの横だの。
その写真をタブレットに転送し、実家の母に見せるのだ。
バーチャル墓参り、と言った所だろうか。
母が喜んでくれているので、きっと大丈夫だ。
『プシュッ』
ペットボトルの蓋を開いてゴクゴクとコーラを飲む。
年末と言えば、大掃除。
今日はいつもの掃除に加え、墓石に文字を彫ってある溝も歯ブラシで掃除した為、完了まで一時間も掛かった。
掃除を終えたら、一旦、管理事務所や休憩所等が有る丘の麓まで降りる。
先程洗った、父が愛用してたカップにお湯を汲んで再び丘を昇る、と言うミッションが有る。
祖父には、暑い時期はビール、寒い時期には日本酒。
祖母には、コーヒー牛乳と、チョコ棒。
生前好きだったものだ。
父は、何と言っても白湯だ、と実家の母と兄が断言した為、
お湯を入れたカップを車のドリンクホルダーに収め、霊園の丘を昇ると言う、頭文字D的な事を毎月やっている。
今日は多すぎたらしく、矢鱈と膝に零れてしまい、わーわー言いながら戻って来て、墓前に供え、僕もコーラで一息つく。
そよそよと吹く、弱く冷たい風。
棚引く線香の煙。
少し離れた所からキンキンと聴こえて来るのは、墓誌でも彫っているのだろうか。
下の方の区画からは、燥ぐ子供の声。
飲みかけのコーラの蓋を閉め、
『また来るね』
と言い残して、後にする。